脳出血で倒れてから車椅子生活となってなお、雪の室生寺の機会を狙って近くの病院に入院していた土門は、「雪が降らなくても冬の景色だけでも撮ったらどうか」という家族のすすめで入院生活を切り上げ、弟や弟子たちの助けで室生寺の撮影に入った。そして、付近の常宿で眠り、3月12日の早朝に目を覚ますと、そこには綿菓子のような遅い雪が降っていた。すわ一大事、と一行は山に入り、ポラロイドを確認する間ももどかしいほどに遮二無二撮りまくったという。春の一刷毛の雪は午前10時には消えてしまったが、土門は確かに、念願の雪の室生寺を撮った。そしてこれが、写真家・土門拳の古寺巡礼の旅の最後となる。その後10年間、病院で日々を過ごした彼は90年、静かにこの世を去った。
土門の作品は本人の言葉により、すべて故郷である山形県酒田市に寄贈されている。古寺巡礼を含む彼の作品の数々は今も同市の土門拳記念館で見ることができるが、足を運ぶ機会がなかなかない場合もあるだろう。そんな人に訪ねてほしいのが、東京都写真美術館で開催中の「土門拳の古寺巡礼」だ。その不屈の精神を感じさせる、力強い日本の美を、ぜひ目の当たりにしてもらいたい。
写真提供/土門拳記念館
土門拳 どもん・けん
1909年、⼭形県酒⽥市⽣まれ。35年、⽇本のグラフ・ジャーナリズムを切り開いた「⽇本⼯房」に⼊って以来、脳出血で倒れる79年までの⾜かけ45年にわたり、「報道写真家」として激動の⽇本を記録。『⽂楽』『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『⾵貌』『古寺巡礼』など、不朽の名作を数多く残す。39年、室⽣寺を訪れた後は、戦中も全国をめぐり仏像を撮影。脳出血で倒れた影響で60年以降は35ミリカメラの操作が困難となったが、⼤型カメラで『古寺巡礼』(全5集)の撮影に取り組んだ。
土門拳の古寺巡礼
会期 :5月14日(日)まで
会場:東京都写真美術館 地下1階展示室(恵比寿ガーデンプレイス内)
開館時間 :10:00〜18:00
(木・金曜は20:00まで)
※入館は閉館時間の30分前まで
休館日:月曜
●東京都写真美術館
TEL 03-3280-0099
www.topmuseum.jp