観光客でにぎわう渡月橋のそばから、船で約15分。桂川の上流、大堰(おおい)川を上るうちに、喧噪(けんそう)が少しずつ遠ざかり、雅(みやび)な静寂に包まれる。平安時代の貴族が別邸を構えた京都・嵐山にたたずむ星のや京都。築120余年の建物を、その趣を残したまま改修し、現代の旅人を迎え入れている。
掃き清められた小径の脇に、分棟型の施設が連なり、滝の水音に癒やされる水の庭や、木立の中の枯山水を彷彿(ほうふつ)とさせる奥の庭が点在する。客室はすべてリバービュー。嵐峡の空気に身を委ねれば、いにしえの人々がこの地に抱いた憧憬(しょうけい)に心を寄せることができる。小倉百人一首にも縁のある地。蔵の建物を利用し、季節の和歌にちなんだ和菓子を日本酒とともに楽しめるふるまい「嵐峡のひととき」を味わったり、川床を思わせる空中茶室でお茶を楽しんだり、優雅な時間を楽しませる仕掛けに事欠かない。
施設ごとの、土地の風土や文化に根ざした空間づくり、もてなしに定評がある星のやだが、食事はそのコンセプトを体現するもの。京料理を核とする星のや京都では、古来の技法と現代の感性を融合させたイノベーティブな会席料理「真味自在」が評判を呼んでいる。
季節は夏。竹筒を器に供される雲丹(うに)の琥珀(こはく)寄せの先附(さきづけ)から、美しさに心をつかまれる。続く椀物(わんもの)は、旬の毛蟹(けがに)が主役。紹興酒と日本酒で風味付けした“酔っ払い蟹”を真丈にし、その甘みの引き立て役にネパール山椒(さんしょう)を添えた、まさに自在なる一品だ。驚きは続く。お造りのなめろうにした平鯵(ひらあじ)にはセミドライトマトのうまみとオレガノの香りが潜み、お凌(しの)ぎのじゅんさいの深みのある酸味は、聞けばシェリービネガー由来とのこと。
炭火焼きのスズキの表面をつややかに覆うのは、豚の背脂で作る生ハム・ラルド。塩分はごく控えめで、さっぱりとした夏のスズキに脂の甘みを添える。洋の東西を超えた味作りの妙にうなっていると、食事には宮崎の郷土料理、冷汁(ひやじる)仕立ての鮎(あゆ)が登場。鮎特有の爽やかな香りと優しい風味、ほのかな苦味がすがすがしく体に染み入る食べ心地だ。うまみ、香りの意外なアクセントは、美酒との味わいの相乗を深めてくれる。各国のワインから日本酒まで織り交ぜたドリンクペアリングコースも秀逸だ。
「京都は日本料理の本場で、王道はたくさんの店で味わえます。日本各地、世界中からとびきりの食材、最新の食文化が届くのは今も昔も同じ。新しいものを取り入れながら伝統との調和を生み出したい」と、話すのは、現在、星のや和食部門の統括を務める石井義博料理長。共に厨房(ちゅうぼう)に立つのはフレンチでの経験豊かな種本琴乃シェフ。斬新にして奇抜にはならない味の落としどころにも納得である。旬の味覚の印象を新たにしながら、贅(ぜい)を喜び、洒脱を愛したであろういにしえの人々の食事の様子に、また思いをはせるのだ。
●星のや京都
京都府京都市西京区嵐山元録山町11-2
TEL 050-3134-8091(星のや総合予約)
NILE』2025年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています