
19世紀末の開拓エピソードや昭和の別荘ブームの記憶から、リゾート地・軽井沢は西洋文化との結びつきが語られることが多い。その中で「西洋の暮らしに迎合しすぎない日本」を仮想し、和の文化の成熟を描き出しているのが星のや軽井沢だ。開業20周年、前身の星野温泉旅館が誕生した大正3(1914)年から数えると110年、旅人を迎え入れ、町の繁栄に寄与しながら自然との共生調和の価値を守り伝えてきた。
浅間山麓(さんろく)の自然豊かな山あいの地に77室の客室から成る「谷の集落」が広がる。緩やかな瀬音に満たされる水波、四季折々の森の景色に抱かれる山路地、水路や坪庭などの意匠が趣深い庭路地の3タイプ。客室で感じる周囲の自然との一体感は、メインダイニングの「日本料理 嘉助」まで連なる。高低差のある客席を川床に、通路を川に、そびえる御影石の壁面を山に見立てたしつらえで、大きな窓から見える棚田の庭も美しい。内外が調和した風景を完成させるのが「山の懐石」だ。
山菜や高原野菜、きのこ、川魚など山川の素材を味わう「休息のための」懐石料理。2025年1月から、昨秋就任した池尻順哉料理長による二十四節気を意識した献立に刷新され、早くも評判を集めている。
先附(さきづけ)は「招福」。邪気払いの小豆粥(がゆ)は、白菜の白と緑で描く雪解けの景色を彩りに、昆布締めの信州サーモン、あわび茸(たけ)の手綱に文旦の爽やかな香りで春の訪れを表現する。続くお椀は「福鹿寿(ふくろくじゅ)」。大和芋でふんわり仕上げた鹿肉の真丈を花びら餅にし、海老芋と合わせた白味噌にはほのかな柚子の香り。温物「寒牡丹」は、この時期、一番うまみを増す猪肉を、シンプルな塩すきで楽しませる趣向だ。クレソンやセリなど、山と水が育む香味が、力強い味の素晴らしきわき役になる。