旅は人生を豊かにする。そこにはまだ見ぬものとの出合い、驚きや感動、刺激や癒やしが待っている。
A.ランゲ&ゾーネにとっても、旅は極めて重要な意味を持つ。創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲは、後年宮廷時計師となるグートケスに師事した後、22歳の年にドレスデンを発ち、スイスやイギリス、フランスをめぐる約4年の修業の旅に出る。最も長く滞在したフランスでは、パリ近郊にあったアブラアン・ルイ・ブレゲの弟子に当たる時計師の工房で技術を磨き、ソルボンヌ大学で天文学や物理学も学んだ。その経験が「旅の記録」として残されている。師グートケスに贈られたノートに、フェルディナント青年はメカニズムや設計図、計算式など、旅の成果をびっしりと書き込み、帰郷後の1845年、この知見をもとに自身の工房を設立する。
A.ランゲ&ゾーネは大戦後、一時歴史の中断を余儀なくされ、「旅の記録」の所在も定かでなくなっていた。しかし、創業者の曽孫で復興の功労者ウォルター・ランゲが、1976年にドレスデンを訪れた際に発見し、氏いわく「曽祖父からの遺言状と言うべき秘宝」は再びランゲ家に戻り、復興への思いをつないだ。
創業当時、「旅の記録」をもとに、優れた懐中時計が生み出されている。視認性の高いアラビア数字のインデックス、青焼きを施した針、当時ドイツで運用が始まったばかりの鉄道を意識したレイルウェイモチーフのミニッツトラック……。こうした意匠に加え、ムーブメントの4分の3プレート、ビス留め式ゴールドシャトン、ハンドエングレービング入りテンプ受け……などなど、ランゲを象徴する要素が確立されていく。
往時の懐中時計の特徴を最も今に伝えているのが、創業者の誕生年を冠した「1815」コレクションである。前述したクラシカルな要素を押さえながら、シンプルなモデルからコンプリケーションまで、さまざまなバリエーションが展開されている。中でも「1815アニュアルカレンダー」は、1年のうちで3月1日にのみ日付調整すればよい、実用的な機構で評価の高い一本。針式の曜日と日付表示を9時位置に重ね、3時位置に月、6時位置には122.6年に1日の誤差しか生じない高精度ムーンフェイズとスモールセコンドを備え、クラシカルな気品を漂わせている。
「1815アップ/ダウン」は、4時位置にスモールセコンド、8パワーリザーブ表示というシンメトリーな表情が印象的。パワーリザーブ表示は1879年に特許を取得した、メゾンの歴史を物語る機構の一つ。1997年にファーストモデルが誕生し、2013年にアップデートされ、アイコニックなモデルとして人気を維持し続けている。
フェルディナント・アドルフ・ランゲが修業の旅に出た時代と比べると、交通機関は飛躍的に進歩し、正確な時間で、快適な旅が可能になった。そんな恵まれた現代の旅人が「1815」を腕に、往時に思いをはせたなら、その旅が一層味わい深く、意義あるものになるに違いない。
●A.ランゲ&ゾーネ
TEL 0120-23-1845