一杯のコーヒーを前に、思いつめたような表情の若者たちが、同じ方向を向いて座っている。前方に鎮座するのは大型のスピーカー。高品質なオーディオから流れるのはモダンジャズ。ある者は文学や形而上学に対峙するように沈思黙考し、ある者はハイミナールなどの薬物による陶酔感と共にその中に溺れた。そんな風景が1960~70年代のジャズ喫茶にあった。
61(昭和36)年のアート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズの初来日公演を機にモダンジャズブームが到来、ジャズ喫茶が続々と出来始める。当時LPレコードは高価で、オーディオも一般家庭には普及しておらず、それゆえジャズ喫茶を訪れる人々は神妙な面持ちでその音に耳を傾けた。
ジャズ喫茶という業態は、日本独自のものだ。アメリカではジャズを聴くならライブ演奏が行われるジャズクラブなどがメイン。店でレコードを聴く文化はなかった。
時の流れと共に音楽を取り巻く環境も変化し、80年代以降ジャズ喫茶は徐々に衰退に向かう。しかし最近、ジャズ喫茶に新たなブームが訪れている。コロナ禍以降、女性客やテレワーク需要が増加。若者のアナログやレコードへの関心の高まりに加え、ジャズを題材とする漫画『BLUE GIANT』のヒットや映画化も、ジャズ喫茶の復権を後押しした。
またジャズ喫茶文化の海外伝播も進んでいる。レコードを高品質な音響システム聴かせるリスニングバーが各国に広がり、その影響でインバウンド需要も急増中だ。そんなジャズ喫茶新時代を“老舗”3軒に取材した。こうした動きに、かつて雑誌編集者だった楠瀬克昌氏が2016年から運営するウェブサイト「ジャズ喫茶案内」が大きな役割を果たしたという声もある。
都内で長く営業を続ける“老舗”3軒や、楠瀬氏にも取材しながら、そんなジャズ喫茶新時代を追う。
※『Nile’s NILE』2024年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています