私がジャズ喫茶に行くようになったのは高校2年生(1976年)からで、それ以降80年代末ごろまでが足しげく通った時期です。90年代からは、ごくわずかの店を除いてほとんど行かなくなり、2010年ごろにはその存在もほとんど忘れていました。12年に神戸に旅行にした際、ふと6軒ほど回ったのをきっかけに、再びジャズ喫茶をめぐるようになりました。
久しぶりにジャズ喫茶の世界に戻ってきてわかったことは、有名店も含めてどの店もお客さんがほとんどいないこと、そして「ジャズ喫茶」に対するネガティブなイメージが驚くほど浸透していることでした。今でこそ「ジャズ喫茶は世界に誇れる日本独自の文化」という賛辞も見かけるようになりましたが、約10年前のジャズ喫茶のイメージは、かつて私が過ごした数々のジャズ喫茶とはあまりにも違うものでした。このままでは誤ったイメージのままに塗り替えられてしまうと危機感を抱き、何らかの修正が必要だと思いました。現在に至る私の「ジャズ喫茶案内」の活動の根本にある動機はこれです。
14年に某出版社に「全国ジャズ喫茶案内」を発行する企画が採用されましたが、ジャズ喫茶約160店を取材したところで体調を崩し、結局発行は中止となりました。その後、取材したソースを眠らせておくのは、協力いただいた各店に申し訳ないと思い、16年に開設したのがウェブサイト「ジャズ喫茶案内」です。
14年ごろからツイッター(現X)でジャズ喫茶めぐりの投稿を始め、16年にはインスタグラムを開設。そのとたん、海外のユーザーから大きな反響がありました。正直、これはまったく思いもよらないことでした。そうするうちに、10年ごろからのレコードブームとビンテージオーディオブームが背景にあることに気がつきました。海外では高価なオーディオシステムはプライベートな空間で楽しむもので、喫茶店やバー、レストランは社交場。希少なビンテージ機材を惜しげもなく業務として使う店が日本にはあり、しかも何十年もの歴史があることが、本当に驚きだったようです。
「ジャズ喫茶への誤解を修正」が呼んだ海外からの意外な反応
楠瀬克昌氏が運営するウェブサイト「ジャズ喫茶案内」が、ジャズ喫茶をめぐる新たな動きに小さくない影響を及ぼしている。ご本人に、これを始めるきかっけや現状に対する思いをうかがった。
楠瀬克昌氏が運営するウェブサイト「ジャズ喫茶案内」が、ジャズ喫茶をめぐる新たな動きに小さくない影響を及ぼしている。ご本人に、これを始めるきかっけや現状に対する思いをうかがった。
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