多様性が拓く未来の可能性
「もちろん誰にもわかりませんよね」
腕時計の未来はどうなるのか?
という大上段に構えた質問に、飛田直哉さんは、そう言って笑った。はぐらかしたのではない。実直な人柄が、偽らざる思いを口にさせたのだ。
高級時計の世界で30年近くキャリアを積み、2018年、自身の理想とする「熟練職人による手作業と最新の工作機械による加工を組み合わせた現代のビンテージウォッチ」の具現化に動き出す。そのモデルは日本以上に海外の時計愛好家の注目を集めている。
かねてより腕時計に対する該博な知識で一目置かれる存在だった飛田さんだが、その評判はスイスにまで届いたようで、先日開催されたGPHG 2023の最終選考の審査員に抜擢された。「今年は若い時計師の受賞も目立ちましたし、アジアを始めスイス以外のエリアでもウォッチメイキングが進んでいる印象を強くしました。腕時計は今、全部の方向に広がっている気がします。近未来的なデザインにも、ビンテージテーストにも」
ジュネーブから帰国したばかりの飛田さんは、そう語ってくれた。「個人的には、まだまだ技術革新は止まらないと思います。素材、表面加工、構造、外見の審美性、全ての分野で進化の余地はある。先日、グルーベル・フォルセイが新しい構造のトゥールビヨンを発表したし、リシャール・ミルの新素材のダイヤルもすごいと思う。マレーシアを拠点とする新興ブランド、MING(ミン)からも超軽量の新素材モデルが発表されました。MINGは、写真家兼デザイナーで、ビジネス戦略家でもあるミン・ティンさんを中心に設立され、製造はスイスのシュワルツ・エティエンヌという会社が請け負っています。GPHGも何度か受賞している。数カ月に一度新作をウェブ上で発表して受注すると、もう数秒で完売。今、大ブームです。高級時計も実機を見ないで、オンラインで買うことが普通になってきましたね」