料理はあくまでも全体の一部
招福楼では、茶懐石の心に沿った料理をお出ししています。大切にしているのは、季節を存分に感じられること。旬の素材を主役に、できるだけ手を加えずに仕立てること。そして器、お軸、花、花入……空間全体と料理が調和することです。
今回ご紹介するのは、春爛漫(はるらんまん)4月のお料理です。アイナメのフキノトウ焼き(次ページ)は、春に息吹く芽が持つほろ苦さを、春のごちそうであるアイナメの漬け焼きとともに味わっていただきます。フキノトウの独特な香りは、火取るといっそう際立ち、ふんわりと柔らかいアイナメと非常に良い相性を見せてくれます。
次々ページでは、武者小路千家7代家元直斎の好みの、柳と桜の模様のお重にお料理を入れて春を演出。一の重(奥)には八寸、二の重(手前)には桜を題材にしたサヨリと赤貝の手毬寿司(てまりずし)を盛り入れました。八寸の内容は、ウルイの黄味酢がけ、たらの芽の味噌漬け、雪洞(ぼんぼり)に小柱の白子和(あ)え、一寸豆、半生の干し子の炙り、フキの生ハム巻きです。
お料理のみを目の前にしたら、季節の風景の広がりが感じられる。一方、お料理を室内の中で見ると、全体の季節感を構成する重要な一部を担っている。そんなあり方が理想です。
日本の住宅美は、座敷にあり
東京の店は、丸ビルの36階にあります。その中に、日本建築が誇る座敷、そして茶席の空間を造り、お客さまをおもてなししたい。このように考え、小堀遠州好みの座敷、大徳寺孤篷庵忘筌席(こほうあんぼうせんせき)の写し「十方(じっぽう)の間」を造りました。実際に茶事をできるよう、腰掛待合やにじり口も設けています。
床の間と掛物は、座敷の品格を決める大切な場。特に掛物は、季節を伝えるものです。今回ご紹介するのは「一花開天下春」。遠州流茶道の12代家元、小堀宗慶(こぼりそうけい)による書です。
日本料理は総合芸術であるとよく言われます。この東京店には、月に一度、近江八日市の本店から翌月分の掛物や器を持ってまいります。今月はどれを持ってこよう、どんな組み合わせで空間を演出しよう……。じっくり時間をかけて悩むのもまた、楽しい時間です。日本料理は、考えることが本当にたくさん。仕事と思っていては体が持たない(笑)。趣味であり、生き方です。
お茶の道具を、アジアで探す
私は表千家の茶道をやっておりまして、北海道から九州まで全国に仲間がいます。そうした仲間が折々に開く茶事に集まり、各地の料理をいただくのがこの上ない楽しみです。料理人の料理というものはどうしても似てしまうのですが、生活に根ざしている主婦の方、ご主人の方のお料理には特色がある。土地ごとの手料理を食べると、目から鱗(うろこ)が落ちることが多々あります。
こうした仲間と、海外に旅行するのもまた充実した時間です。ベトナムやラオスに行ったことがありますが、最大の目的は、お茶の道具を見つけ出すこと。海外の全くお茶っ気のない環境の中から、自分たちのセンスで見つけるのが楽しいのです。骨董(こっとう)市を訪ね、これは炭取に、菓子器に……と選び、互いに戦果を見せ合う。そして帰国して箱を作ると、それらしい道具になる(笑)。
でも実際、お茶の道具の本質というのは、名人が作ったかどうかではなく、どんな機会で見出され、どれだけ長く、どう大切に引き継がれてきたかにあるのです。物そのものではなく、どれだけ人の気持ちが入っているかが大事。お茶のそうした考え方は、目に見えるもの、目先のものばかりに注意が行きがちな私たちの生活に別の視点を与えてくれる、本当に貴重なものだと思います。