挑戦し続ける職人

天ぷらの名店としてつとに知られる銀座の「てんぷら近藤」。職人歴52年となる主人の近藤文夫氏は名人の貫禄を備えるが、若い頃から「新しい天ぷら」への挑戦を続けてきた革新の人でもある。今もカウンターで天ぷらを揚げ続け、かつ、後進の職人、家庭、そして世界に向けて天ぷらの技術を情熱を持って伝える。

Photo Haruko Amagata  Text Izumi Shibata

天ぷらの名店としてつとに知られる銀座の「てんぷら近藤」。職人歴52年となる主人の近藤文夫氏は名人の貫禄を備えるが、若い頃から「新しい天ぷら」への挑戦を続けてきた革新の人でもある。今もカウンターで天ぷらを揚げ続け、かつ、後進の職人、家庭、そして世界に向けて天ぷらの技術を情熱を持って伝える。

蒸している、みずみずしい野菜の天ぷら

天ぷら職人としてずっと力を入れてきたのが、野菜の天ぷらです。独立する前、「てんぷらと和食 山の上」にいた若い時にいろいろと工夫したんです。今回紹介するにんじんの天ぷら(次ページ)もその頃考えたものです。

当時は専門店の天ぷらといえば魚介ばかりで、「野菜なんて総菜」とたたかれたものだけど、食べてみればにんじんの甘みが強く感じられて香りもあるし、鮮やかなオレンジ色もきれい。野菜でも、しっかりと存在感のある天ぷらになるのです。

衣は、ごく薄くつけます。本当にサラリとした衣なので、にんじんをくぐらせても、衣がついてないように見えるほど。

でも以前、NHKに、ごく細かいところまで映る超高速度カメラで撮ってもらった時、にんじんに、かろうじてまとうくらいに衣がついている様子がわかりました。油に入れるとワッと広がるのですが、余熱も考慮しつつ、頃合いを見て箸でまとめて引き上げます。

ごく薄い衣の中で、ごく細切りにしたにんじんが自身の水分で蒸され、甘みが増す。天ぷらは揚げているようで蒸しているから、みずみずしく、本来の旨みと香りが生きた仕上がりになります。にんじんが苦手な人でも喜んで召し上がる、そんな一品です。

シンプルな道具でも工夫をして

天ぷらで使う道具は、ごくシンプルです。ただ、時代に合わせて工夫はすべきだと私は思っています。「昔からこうなんだ」という意見には、あまり感心しませんね。

基本は、衣を混ぜる太い箸、揚げる際に使う下半分が金属製の揚げ箸です。穴杓子は、かき揚げを作る際に使います。かつては玉杓子が定番でしたが、衣をできるだけ薄くするには穴があったほうが便利。

「てんぷら近藤」の道具

ただ、市販のではなく、特別に作ってもらっています。穴の数はそんなになくていいのですが、衣がしっかりと流れ落ちるには、杓子の一番底にあたる中央に穴があいていることが重要。意外と、市販のものは中央には穴がないんです。

泡立て器は、「職人がこんなものを」と言われるかもしれませんが、衣の生地を混ぜる時にはやはり便利です。ただ、混ぜ具合には気をつけなくてはなりません。グルテンが出ないよう、手早く。その頃合いの見極めは大事です。

天ぷら技術書の決定版!  翻訳版も好評

一人の職人として天ぷらを突き詰めたいという思いと、多くの人に天ぷらの技術を伝えたいという思い、両方が私にはあります。年を重ねてからは、伝えたい思いのほうが強いでしょうか。

そんな思いもあり、2013年に『天ぷらの全仕事』というプロ向けの技術本を出しました。2年半をかけて撮影した、私の技術と思いの集大成となる本です。

近藤文夫著『天ぷらの全仕事』

職人の世界は長く「勘」が大事にされてきましたが、それでは若い人には伝わりません。本では、衣の作り方から揚げる温度、揚げ方まで、カラーのプロセス写真で細かく説明しています。

おかげさまで好評で、中国、韓国、台湾、ポルトガルでも翻訳版が出ています。天ぷらの技術を世界に伝えることができ、こんなにうれしいことはありません。

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。