蒸している、みずみずしい野菜の天ぷら
天ぷら職人としてずっと力を入れてきたのが、野菜の天ぷらです。独立する前、「てんぷらと和食 山の上」にいた若い時にいろいろと工夫したんです。今回紹介するにんじんの天ぷら(次ページ)もその頃考えたものです。
当時は専門店の天ぷらといえば魚介ばかりで、「野菜なんて総菜」とたたかれたものだけど、食べてみればにんじんの甘みが強く感じられて香りもあるし、鮮やかなオレンジ色もきれい。野菜でも、しっかりと存在感のある天ぷらになるのです。
衣は、ごく薄くつけます。本当にサラリとした衣なので、にんじんをくぐらせても、衣がついてないように見えるほど。
でも以前、NHKに、ごく細かいところまで映る超高速度カメラで撮ってもらった時、にんじんに、かろうじてまとうくらいに衣がついている様子がわかりました。油に入れるとワッと広がるのですが、余熱も考慮しつつ、頃合いを見て箸でまとめて引き上げます。
ごく薄い衣の中で、ごく細切りにしたにんじんが自身の水分で蒸され、甘みが増す。天ぷらは揚げているようで蒸しているから、みずみずしく、本来の旨みと香りが生きた仕上がりになります。にんじんが苦手な人でも喜んで召し上がる、そんな一品です。
シンプルな道具でも工夫をして
天ぷらで使う道具は、ごくシンプルです。ただ、時代に合わせて工夫はすべきだと私は思っています。「昔からこうなんだ」という意見には、あまり感心しませんね。
基本は、衣を混ぜる太い箸、揚げる際に使う下半分が金属製の揚げ箸です。穴杓子は、かき揚げを作る際に使います。かつては玉杓子が定番でしたが、衣をできるだけ薄くするには穴があったほうが便利。
ただ、市販のではなく、特別に作ってもらっています。穴の数はそんなになくていいのですが、衣がしっかりと流れ落ちるには、杓子の一番底にあたる中央に穴があいていることが重要。意外と、市販のものは中央には穴がないんです。
泡立て器は、「職人がこんなものを」と言われるかもしれませんが、衣の生地を混ぜる時にはやはり便利です。ただ、混ぜ具合には気をつけなくてはなりません。グルテンが出ないよう、手早く。その頃合いの見極めは大事です。
天ぷら技術書の決定版! 翻訳版も好評
一人の職人として天ぷらを突き詰めたいという思いと、多くの人に天ぷらの技術を伝えたいという思い、両方が私にはあります。年を重ねてからは、伝えたい思いのほうが強いでしょうか。
そんな思いもあり、2013年に『天ぷらの全仕事』というプロ向けの技術本を出しました。2年半をかけて撮影した、私の技術と思いの集大成となる本です。
職人の世界は長く「勘」が大事にされてきましたが、それでは若い人には伝わりません。本では、衣の作り方から揚げる温度、揚げ方まで、カラーのプロセス写真で細かく説明しています。
おかげさまで好評で、中国、韓国、台湾、ポルトガルでも翻訳版が出ています。天ぷらの技術を世界に伝えることができ、こんなにうれしいことはありません。