真価が問われる
「コロナに際して後ろ向きにばかりなってはいられない。いかに自分にとって前向きに転換できるか。危機にあってこそ、経営者として、そして料理人としての真価が問われるのです」と下村浩司氏は話す。
2020年の4月、非常事態宣言下でいち早くECサイトを立ち上げるなど、経営者としてスピーディーかつ的確な判断を重ねてきた。そのかいあり、経済的なダメージは最小限に抑えられたという。
「自分は逆境に燃えるタイプなので(笑)、なんとしてでも新しい事業としてECを成功させるぞ、と気持ちが高まりました。経営者として、ずいぶんと鍛えられましたね」
さらに、いち料理人としての心境にも変化が訪れたという。
「もっと自分の国を見なおそうと思うようになりました」
去年の初頭以前は海外での料理イベントに積極的に参加するとともに、休暇には毎年、ニューヨークや北欧といったガストロノミー界で注目のエリアに出掛け、刺激を受けてきた。それがコロナを機にできなくなった。
であれば、今まで海外に向けてきた知的好奇心を国内に向けてみよう、と発想を転換したのだ。
そうした心境の変化を、とくに後押ししたのが、昨年に高知県を訪れた際の経験だ。
「今まで海のイメージが強かったのですが、実は森林が約84%を占めているそうです。これは全国でも屈指の割合。また四万十川などの清流にも恵まれている。こうした変化に富んだ自然から、さまざまな食材が生み出される。そんなことを知る中で、もっと日本各地の素材や背景について知りたい、と思うようになったのです」
ウツボの料理
今回紹介したウツボの一品は、高知県を訪れた時の体験をもとに考えたもの。ウツボを食用にするのは日本でも四国の一部、和歌山県の一部のみとめずらしいため、一般的には「見た目もグロテスクだし、食べるものではない」などとさげすまれてしまう。
「それを知り、『だったら私がウツボでハイレベルな料理を作ってみようじゃないか!』と、料理人魂に火がついてしまい……(笑)」と下村氏。「ウツボは高知ではスーパーに切り身が並んでいるなど、ポピュラーな素材。実際、皮の豊富なゼラチン質が魅力で、これを生かせばおもしろい料理ができると思ったのです」
また、「今まで見過ごされてきた魚を活用するのは、危機に面している日本の水産資源の保護にもつながる。これからもっと発展させていくべき考え、行動だと思います」とも話す。
そうした背景がありつつ、この料理にはもう一つのテーマがある。それは「皿の中での旅」だ。
皿の上には、フランス・ロワール産のホワイトアスパラガス、高知県産のウツボ、日本海産のホタルイカがのっている。
また、ウツボは、フランス産のそば粉と竹炭などで作る黒い衣にくぐらせてからフライに。それぞれの産地に思いをはせてもらいたい、という意図を込めている。
「とくにウツボとホタルイカの距離感―太平洋側の高知から瀬戸内海を越え、本州も横断して日本海に至る、という道筋―を意識しました」という。
味わいのポイントは、サクッとしたフライの衣と、ねっとりとしたにかわ質のウツボの皮、ほどよい弾力のある身、それぞれの食感の対比。高温で揚げ、皮にしっかりと火を入れることで実現する。ウツボは4kg弱もある大型の、身に旨味ののったものを使用。届いてから昆布で4〜5日マリネにすると、身の旨みがさらに凝縮する。
「ウツボは『海のギャング』なんて言われていますが、ていねいに向き合えば食材としての魅力が見えてくるし、必要な処理や調理の方法も考えつく。料理人に求められる大切なスキルです」