日本と氷の千年物語

江戸時代まで、夏の氷は入手困難で、貴族などの一部しか味わえない超贅沢品だった。宮中で貴重な氷を扱う様子は『枕草子』や『源氏物語』にも残されている。気軽に氷を入手できるようになった今日に至るまで、1000年を超える「日本と氷の物語」をひもといてみよう。

June 5, 2023 Photo Haruko Amakata Text Manabu Ito(NIKKEI The STYLE)
August 22, 2023 Last modified

江戸時代まで、夏の氷は入手困難で、貴族などの一部しか味わえない超贅沢品だった。宮中で貴重な氷を扱う様子は『枕草子』や『源氏物語』にも残されている。気軽に氷を入手できるようになった今日に至るまで、1000年を超える「日本と氷の物語」をひもといてみよう。

氷

「削り氷に甘葛入れて新しき鋺(まがり)に入れたる」

平安時代の作家で歌人の、清少納言は『枕草子』で「あてなるもの(上品なもの)」として、「削り氷=かき氷」を挙げている。平安時代にはすでにかき氷が食べられていたのだ。

日本の氷の歴史を伝える最古の文献は、奈良時代に成立した日本書紀だ。古代の記録として、奈良の都祁(つげ)という土地に氷を貯蔵する「氷室」があったとの記述が残っている。

これを裏付けるように、奈良時代の貴族、長屋王の屋敷跡で発掘された木簡(木の札)には「都祁氷室(つげひむろ)」という名称と、氷室の規模や氷の厚さなどの記録が書かれていた。冬に池に張った氷を氷室で保存する、天然氷づくりが行われていた証拠だ。

朝廷には、氷を扱う専門の役所も置かれていた。「主水司(もひとり)」と呼ばれる組織が、冬の氷づくりや氷室の管理、宮中の人々への氷の配給を担った。紫式部の『源氏物語』には、宮中の女房たちが氷を割り、額や胸に押し当てて涼む様子が艶やかに描かれている。中宮定子(ちゅうぐうていし)に仕えていた清少納言にも氷の配給があったに違いない。

ところで「削り氷」とは、どんな味だったのか。
『古典がおいしい! 平安時代のスイーツ』(前川佳代・宍戸 香美著、かもがわ出版)によると、ツタの樹液を煮詰めたシロップを再現して氷にかけたところ、「甘さがふんわりひろがり、それなのにさっぱりした後味」だったそう。涼やかで上品な甘さの削り氷は、当時、夏場のご馳走だったのかもしれない。

江戸時代には「加賀の献上氷」が有名だった。雪国である金沢の加賀藩が氷室で保管しておいた雪氷を、毎年旧暦6月1日に江戸の将軍家に飛脚で運ぶ行事で、夏の訪れを告げる風物詩として川柳にも詠まれた。実際は江戸に届くころには小さな雪塊(せっかい)となっていたため、将軍家は口にせず、儀礼的な意味が強かったようだ。

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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