この料理で驚くのは、スイカと牛肉の相性のよさ。スイカの爽やかな甘さ、風味とシャキッっとした食感は、それとは対照的な、柔らかくなめらか、旨み豊かな牛肉と非常によく合う。スイカがまとう香ばしさが、この二つをつないでいるようだ。また、牛肉という主役を張ることが多い素材を用いながら、ここでは牛肉とスイカが釣り合うか、むしろスイカの方が強い存在感を発している。
なお、この料理を作るプロセス上のポイントは、「スイカ自体には火を入れず、表面のみに香ばしさをつける」点。スイカはカットしてから軽く乾燥させ、よくよく冷やしてから、葛を打ってあぶる。スイカ自体はごく冷たいので、表面の葛を色づくまで焼いても中のスイカはほぼ熱せられない。それで、スイカの食感やみずみずしさが保たれる。
決して奇をてらわない。それでいて、お客の驚きと満足感を引き出す。そんな料理を入れ込みながら、石かわのコースは形作られる。
ちなみに、石川氏はコースでは「主役のいない流れを意識しています」という。「うちのコースは、四番打者がいない。全員野球です。どれにもきちんとインパクトがあり、でも、スーッと終わっていく」
全員野球の一員として、チームになじみながら自分の働きを発揮する。そんなあり方を、この料理は実現している。
石川秀樹 いしかわ・ひでき
1965年、新潟県生まれ。高校卒業後、洋食器の卸問屋へ就職。85年に上京し、原宿の割烹「さくら」で日本料理の世界に入る。90年より青山「穂積」、乃木坂「神谷」などで修業後、埼玉や八重洲の割烹で料理長を務め、2003年に「石かわ」を開業。08 年に移転。09年には『ミシュランガイド東京』にて三つ星の評価を得る。姉妹店として08年「虎白」、09年「蓮」、20年「波濤」「NK」「愚直に」をオープン。
●石かわ
東京都新宿区神楽坂5-37
TEL 03-5225-0173
kagurazaka-ishikawa.co.jp
※『Nile’s NILE』2021年9月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています