意外にも……と言うべきか、スイカは龍吟にとって「よく使う食材」。「定番にスイカジュースがあるし、ちょっと瓜系の香りのする鮎に合わせる蓼酢(たです)には欠かせない」という。
「スイカには酸がないから、レモンを搾るなどして酸を加えると、スイカがスイカではなくなる、というのが僕の持論です。ただ香りには酸が欲しいので、コアントローやグラン・マルニエなど、オレンジ系の香りのするリキュールをよく使っています」
山本氏の今回の一皿は、そこが発想の原点。「柑橘系の植物なら何でもいけそう」と思い、ミカン科の山椒を“合わせテーマ”にした。この山椒が“ただ者”ではない。コブミカンの葉で香りづけしたシロップで炊いた実山椒をトッピングにし、さらにそのシロップを固めてゼリーにし、とろりと流しているのだ。
コブミカンの葉はタイでバイマックルーと呼ばれ、トムヤムクンなどに使われるスパイスだ。葉をちぎると、瞬時に爽やかにして強烈な香りの一撃を食らう。そのパンチ力が山椒に特有の香りをより豊かに増幅させていると感じる。
またスイカも、単なる“ナマ”ではない。表面に蜂蜜とコアントローを塗り、自然のさっぱりとした甘みに奥行きが加えられている。
トッピングにはほかに、木の芽の葉っぱやオーストラリアのタスマニア島で採れるピリリと辛いマウンテンペッパーベリー、紫色も鮮やかな露草の砂糖漬け、山本氏の故郷・香川に伝わる白くて中が空洞の「おいり」という嫁入り菓子などを使用。カラフルな彼らがあたかもスイカの赤いマットの上を跳ね回るようなポップなデザインで、見るだけで心が躍る。