
ふたを開けて広がるのは、初夏の鳴門の海の情景。蒸した鮑、蛤、あさりが、素麺で作った渦潮の中に躍る。あさり、酒、昆布でとった出汁は、海のエキスが閉じ込められたような旨みと風味。ここに酢橘をキュッと搾っていただく。
「若冲の世界観は、緻密なディテールの集積で作られています。画面は細部で埋め尽くされる。その点、余白を重視する他の日本画家とは違う」と神田さん。日本料理の椀でも余白のある盛り付けが基本とされるが、神田さんはあえて、具材で椀の中を埋め尽くすように景色を作った。その躍動感は、まさに鳴門の海だ。単に細かいのではなく、細部にまで命が宿る。
一見過剰に思えるが、一つとして無用なものはない。そんな若冲の作品と同様に、この椀はにぎやかで生命力に満ち、かつ余分な飾りがない。まさに「若冲が料理人だったら」という想像をかき立てる一品だ。
今から18年前、2004年に神田裕行さんがオープンした「日本料理かんだ」。当初はカウンター9席と個室1室の小さな規模で、元麻布の閑静な住宅街にひっそりと暖簾を掲げる、さりげないたたずまいであった。
ただしその中で繰り広げられていたのは、実にダイナミックな料理世界。神田さんの確かな技術とセンス、日本料理や日本文化への深い理解に基づいた品々は、国内外の食の経験豊かな人たちを大いに引き付けた。
また、2007年にミシュランが日本に上陸して以来、15年にわたり三つ星を維持する唯一の日本料理店としても名をはせてきた。
そんな「かんだ」が、移転する。設計を担当するのは、かの杉本博司さん。
このうわさが食に興味を持つ人たちの間を駆け抜けた時、大きな期待が巻き起こった。