共通する未来への思い

東京・西麻布「レフェルヴェソンス」と、カリフォルニア・ヒールズバーグ「シングルスレッド」のコラボレーションディナーが5月末に開催された。いずれも三ツ星のこの2店をそれぞれ率いる生江史伸氏とカイル・コノートン氏は、20年来の友人だ。互いに対する深い理解をベースに、両者の個性、未来への思いが調和するディナーでゲストを魅了した。

Photo Nathalie Cantacuzino Text Izumi Shibata

東京・西麻布「レフェルヴェソンス」と、カリフォルニア・ヒールズバーグ「シングルスレッド」のコラボレーションディナーが5月末に開催された。いずれも三ツ星のこの2店をそれぞれ率いる生江史伸氏とカイル・コノートン氏は、20年来の友人だ。互いに対する深い理解をベースに、両者の個性、未来への思いが調和するディナーでゲストを魅了した。

「レフェルヴェソンス」生江史伸氏と「シングルスレッド」カイル・コノートン氏
東京とカリフォルニア。遠く離れていても、食や社会に対する二人の関心、目標は重なる。
Photo Nathalie Cantacuzino

「ミシェル・ブラス」と「シェ・パニース」

生江氏とコノートン氏が出会ったのは、北海道・洞爺にあった「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」の厨房。ミシェル・ブラス氏はフランスの山奥ライオールに本店を構え、地元の素材や野菜を多用し、料理に手を加えすぎず、それでいて個性と洗練を備えた表現で知られるレジェンド。そんなブラス氏が洞爺に開いた店で、二人は彼の料理と哲学を学んだ。

コノートン氏と初めて会話した時、生江氏は心酔しているレストラン、カリフォルニアの「シェ・パニース」の話を振ったという。そうしたら、自分はオーナーシェフであるアリス・ウォーター氏と並んで料理をしていたとの返答が。同店は地元産のオーガニック素材を用い、自然体の料理を作るレストランの世界的な嚆矢。かつ、レストランを営みながら、よりよい食環境を作り出す活動にも取り組む。この店への共感を二人ともベースとして持っていた。そんなところも気が合い、すぐに意気投合する仲となった。

両者はその後イギリス「ザ・ファットダック」でも同時期に働いたのち、それぞれの国に戻り、各自の歩みを進めることに。その間、多忙により連絡が途切れることがあっても、話せばすぐに昔通りの仲間として、かつ同じ感覚を持った料理人として話が弾む。

加えて二人とも、地球の健康と身体の健康に向き合うことを信念としている。レフェルヴェソンスもシングルスレッドも三ツ星を有するレストランだが、ただおいしい料理を提供するだけでなく、影響力のある店として料理人の社会的役割を追求することに力を入れる。

  • コースで提供された料理から。マコガレイの刺身とズッキーニ。ズッキーニの花とマコガレイのムースの天ぷらとともに(コノートン氏)
    コースで提供された料理から。マコガレイの刺身とズッキーニ。ズッキーニの花とマコガレイのムースの天ぷらとともに(コノートン氏)
    コースで提供された料理から。マコガレイの刺身とズッキーニ。ズッキーニの花とマコガレイのムースの天ぷらとともに(コノートン氏)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • ミシェル・ブラスのスペシャリテのガルグイユを海バージョンに、黒七味、しょっつるや海藻など和の風味を添える(共作)
    ミシェル・ブラスのスペシャリテのガルグイユを海バージョンに、黒七味、しょっつるや海藻など和の風味を添える(共作)
    ミシェル・ブラスのスペシャリテのガルグイユを海バージョンに、黒七味、しょっつるや海藻など和の風味を添える(共作)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • ハマグリの二種仕立て。豆腐との組合せと、山菜との組合せで(コノートン氏)
    ハマグリの二種仕立て。豆腐との組合せと、山菜との組合せで(コノートン氏)
    ハマグリの二種仕立て。豆腐との組合せと、山菜との組合せで(コノートン氏)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • コースで提供された料理から。マコガレイの刺身とズッキーニ。ズッキーニの花とマコガレイのムースの天ぷらとともに(コノートン氏)
  • ミシェル・ブラスのスペシャリテのガルグイユを海バージョンに、黒七味、しょっつるや海藻など和の風味を添える(共作)
  • ハマグリの二種仕立て。豆腐との組合せと、山菜との組合せで(コノートン氏)

肉料理を外したコース

今回のディナーは、そうした二人の長い友情と深い共感の上に成り立つもの。また、「コラボレーションをするのなら、楽しさに加え意味のあるものにしたい」という考えも反映した。

まずは、久々の国を超えたコラボレーションであることの重要性を、二人はこのディナーに込めたという。「コロナが落ち着き、これから国を跨いだ往来が増えるはず。シェフたちの交流も盛んになり、実際に顔を合わせ、エネルギーを交わす喜びも復活するでしょう。そうした喜びを先駆けとしていち早く表現し、お客さまと共有したかった」と生江氏。

コースは、野菜を中心に魚もふんだんに用いた品で構成する一方で、肉料理は外した。畜肉は温室効果ガスの排出量を増やし、また飼育に大量の穀類と水を必要とするため、気候の変動や自然環境への負荷を生み出すことが知られている。そうした事象を念頭に置き、肉料理のないコースに今回は挑戦。「料理に対するお客さまの満足度はもちろん前提です。その上で、自分達の思想を込める。今回はそれを両立できたと思います」と生江氏は手応えを話す。

料理では、コノートン氏が普段からカリフォルニアで実践している、日本料理の技法や繊細な感性が印象を残すものとなった。「私はカリフォルニアの人間であり、料理ではカリフォルニア料理と日本料理を融合させています。一方、日本人である生江さんは日本の感性でフランス料理を作ります。これらが複雑に重なった料理になると予測していました」とコノートン氏。

その話の通り、コノートン氏はカリフォルニア料理のベースに、木の芽や柚子胡椒、豆腐といった日本の食材、刺身など日本の技法を随時取り入れた品々を作り出した。そして生江氏はフランス料理の伝統的ソースを用いながら、日本的な穏やかさを持つ品などを提供。両者いずれもが持つ「日本らしさ」が通底し、互いの個性も表現された料理でコースは構成された。

なおディナーの翌日には記者会見の場が設けられ、二人が普段から行なっている社会問題に対する活動と、今回のディナーの背景にある思想が発信された。この発信まで含めてが、今回のコラボレーション。いわば二段階構えの新しい形のディナーイベントになった。

  • ホエーで軽く煮たマナガツオに、自家製キャビア入りのソース・ブールブランをたっぷりと。(生江氏)
    ホエーで軽く煮たマナガツオに、自家製キャビア入りのソース・ブールブランをたっぷりと。(生江氏)
    ホエーで軽く煮たマナガツオに、自家製キャビア入りのソース・ブールブランをたっぷりと。(生江氏)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • アナゴ入りのおじや、ツメをぬったアナゴ、昆布の蒸し煮、炭焼きの野菜を合わせる(コノートン氏)
    アナゴ入りのおじや、ツメをぬったアナゴ、昆布の蒸し煮、炭焼きの野菜を合わせる(コノートン氏)
    アナゴ入りのおじや、ツメをぬったアナゴ、昆布の蒸し煮、炭焼きの野菜を合わせる(コノートン氏)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • ニンジンとほうじ茶のアイスクリーム、セルフイユのクリーム。ニンジンの杉板焼きを添える(コノートン氏)
    ニンジンとほうじ茶のアイスクリーム、セルフイユのクリーム。ニンジンの杉板焼きを添える(コノートン氏)
    ニンジンとほうじ茶のアイスクリーム、セルフイユのクリーム。ニンジンの杉板焼きを添える(コノートン氏)
    Photo Nathalie Cantacuzino
  • ホエーで軽く煮たマナガツオに、自家製キャビア入りのソース・ブールブランをたっぷりと。(生江氏)
  • アナゴ入りのおじや、ツメをぬったアナゴ、昆布の蒸し煮、炭焼きの野菜を合わせる(コノートン氏)
  • ニンジンとほうじ茶のアイスクリーム、セルフイユのクリーム。ニンジンの杉板焼きを添える(コノートン氏)

ディナー以上の意義

ディナーの際、開始時にテーブルに置かれているショープレートには、二人からの英文でのメッセージが記されたカードが添えられていた。

コノートン氏
“We are showing the world that we are ready to collaborate, bring together ideas and show what we can do to shape cultures together.”
(私たちは協力し合い、アイデアを出し合い、共に文化を形成するために何ができるかを世界に示しているのです。)

生江氏
“What we cook is the world we would like to see. We should believe in our ability to evolve through cooking.”
(私たちが作る料理は、私たちが見たい世界です。料理を通じて進化できる自分たちの力を信じましょう。)

これらの言葉は、二人が今回のディナーを通じて、あるいは料理を作るという行為を通して何を実現したいのか、希望と決意を示すもの。ゲストは彼らのメッセージを受け取り、ただのコラボレーションという以上の意味を今回の食事体験から見出すことになったはず。そして二人の現在地を知り、今後への期待を膨らませることになったに違いない。

コノートン氏と妻のカティーナ氏、生江氏。
コノートン氏と妻のカティーナ氏、生江氏。カティーナ氏はシングルスレッドが有する広大な農園の責任者を務める。
Photo Nathalie Cantacuzino

生江史伸(なまえ・しのぶ)

「レフェルヴェソンス」エグゼブティブシェフ。「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」(北海道・洞爺)、「ファットダック」(ロンドン郊外)を経て「レフェルヴェソンス」(東京・西麻布)シェフに就任。現在、東京大学大学院で農業・資源経済学を学ぶ。
L’Effervescence
http://www.leffervescence.jp

Kyle Connaughton(カイル・コノートン)

「シングルスレッド」オーナーシェフ。カリフォルニア出身。ロサンゼルスの日本料理店でキャリアを開始し、「スパゴ」「A.O.C」、「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」などで働く。「ファットダック」(ロンドン郊外)で研究開発ラボのヘッドシェフに。2016年に自らのレストランをオープン。
SingleThread
https://www.singlethreadfarms.com

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。