名料理人への登竜門

料理のワールドカップ、ボキューズ・ドール国際料理コンクールで、「レストラントエダ」戸枝忠孝シェフ善戦!

料理のワールドカップ、ボキューズ・ドール国際料理コンクールで、「レストラントエダ」戸枝忠孝シェフ善戦!

2日間に渡って、21カ国のシェフが腕を競いあったボキューズ・ドール国際料理コンクール。
2日間に渡って、21カ国のシェフが腕を競いあったボキューズ・ドール国際料理コンクール。

ボキューズ・ドールとは、1987年に、現代フランス料理の父と称される、ポール・ボキューズが創設した、2年に一度行われる国際的な料理コンクールのことだ。日本では、その知名度はそれほど高くはないが、世界的には名料理人への登竜門として、大変な重きがおかれている。

世界67か国の代表シェフがアジア・パシフィック、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカの各大陸大会を経て、美食の都、リヨンで行われるフランス本選を目指す。本選には、24か国(今年は欠場もあり21か国)が出場し、会場内に設置されたキッチンを使用し、審査員、観客の目の前で、5時間半の持ち時間で、芸術的なる料理を仕上げる。それをロングテーブルにずらりと並んだ、各国の星付きシェフたちが、試食して採点し、合計得点で勝者が決まる。優勝および入賞は大変な名誉で、ミシュランの星や、MOF(国家最優秀職人賞)と言われるフランス料理人としての肩書の取得など、その後の料理界での活躍が保障されるといっても過言ではない。

今年は、日本からは軽井沢の「レストラントエダ」の戸枝忠孝シェフが参加した。氏は22歳で渡仏し、名店で修業したのち帰国し、大阪、東京を経て、軽井沢にレストラントエダをオープンして今に至る。出場の理由を聞くと、「なぜか、節目節目の師匠たちが皆、ボキューズ・ドールに参戦していて、自分も挑戦してみたいという思いが強くなり、4年前の日本予選から始め、代表の座をつかみました」と言う。

「レストラントエダ」の戸枝忠孝シェフ率いる日本チーム。
「レストラントエダ」の戸枝忠孝シェフ率いる日本チーム。

念願の本選出場は果たしたが、残念ながら、結果は9位に終わった。世界的にみればもちろん善戦であるが、入賞が目標だっただけに悔やまれる。それまでの苦難の道のりを含め、ボキューズ・ドールの厳しさを、詳細に説明していこう。

  • キッチンでの審査。 キッチンでの審査。
    キッチンでの審査。
  • 自国チームを応援するサポーターたち。 自国チームを応援するサポーターたち。
    自国チームを応援するサポーターたち。
  • キッチンでの審査。
  • 自国チームを応援するサポーターたち。

ボキューズ・ドールへの出場、これは願えば叶うものではなく、そこへいくまでにいくつもの予選会がある。まずは、書類審査。これを通ったものは、東日本、西日本地区に分かれ、準決勝となる実技審査がある。その後、国内大会決勝となる実技審査で、日本の代表が決まる。戸枝氏は、初年度の予選は思うようにいかず、2回目で日本代表を勝ちえた。その後のアジア・パシフィック大会は12か国が参加し、上位5チームが本選への出場となる。2020年に限り、コロナの影響でアジア・パシフィック大会は中止になり、前回の順位が踏襲された。

アジア・パシフィック大会(エリア大会)の実技は、本来、皿盛り料理と大皿料理の2種。しかし2021年の本選では、一つがコロナ禍の今の時代に合わせた、テイクアウェイをテーマにした、ボックスの中に、前菜、メイン、デザートまでをおさめた料理に決まった。もう一つが、肉料理を中心とした、フランスの伝統的プラッター(大皿盛り)である。この新たな課題へ向けて、24チームが本選まで研讃を重ねた。

いざ、本選は、2021年9月26日、27日にフランス・リヨンで行われた。世界一の食の見本市と言われる「シラ」の一つのコンテンツであり、その前には、クープ・ド・モンドと言われる、パティシエの世界大会も行われる。

2日に分けて行われる大会では壇上に12のキッチンスペースが準備されている。チームは3人、シェフ本人と、コミと言われるアシスタントとして指名したスタッフ。当日、リヨン料理学校から割り当てられた、若い雑用係。その3人で戦う。それぞれのチームは、30分ずつ時間をずらし調理を開始する。それは、最終の試食審査の際に、出来上がりジャストを食べられるようにするためだ。さらに、2テーマある、テイクアウェイとプラッターでも持ち時間が違っており、各キッチンの前にはデジタル時計が配され、それぞれの持ち時間が刻刻と刻まれていく。キッチンまわりでは、常に、アシスタントシェフたちが、監視の目を光らせ、素材を無駄に捨てていないか、キッチンを清潔に保っているかなど、料理人としての基本も採点対象となる。そんな緊張状態の中、出場シェフたちは、ひたすら集中して手を動かしていくのだ。

そうした厳正な審査の中、どれだけ粛々と、デモが進められているのだろうと日本人なら思うところだが、まったくその逆、各国の応援のすさまじさに度肝を抜かれる。自国の旗を振り、鳴物をならし、大合唱と、そのエキサイトぶりは、サッカーのワールドカップのようだ。

  • 試食審査の様子。 試食審査の様子。
    試食審査の様子。
  • 国旗を掲げ表彰式に挑む日本チーム。 国旗を掲げ表彰式に挑む日本チーム。
    国旗を掲げ表彰式に挑む日本チーム。
  • 試食審査の様子。
  • 国旗を掲げ表彰式に挑む日本チーム。

さて、その日の先頭のチームが残り1時間を切る頃、美しくセッティングされたロングテーブルに、審査員であるシェフたちが、コックコートに金メダルをかけた威厳のある姿で列を組んで入場し、席につく。会場の声援も一段と大きくなる。彼らは、参加国(今回は21か国)の各チームの試食審査メンバーで、プラッター審査12人、テイクアウェイ審査12名に分かれて試食審査をする。この中には、日本が2013年に唯一3位入賞を果たした、浜田統之氏もいる。

持ち時間の数分前になると、スクリーンには仕上げの様子が大映しになり、会場には緊張感が走る。万が一間に合わなかったときには、タイムに応じて、減点だという。無事、完成し、拍手。そして、一つずつボックスを、男女のサービスマンに渡し、彼らは一列に並んで壇上を回り、審査員の元へと届ける。その無駄のない動きの美しさは感動的ですらある。テイクアウェイのテーマとなった素材は、海老とトマト。ボックスを開けたときの鮮やかな色や、華やかな仕上がりがどの国も印象的だった。

採点は、見た目の美しさ、構成、味、食感、創意工夫など、細かく項目が分かれていて、それらに、評価点を書きこんでいく。審査も真剣そのものだ。食べるだけでなく、スマホで写真を撮りながら、前のチーム、前々のチームなどの料理と比べながら、その微妙な違いに、厳しい、判定を下していく。途中、時間をずらして、プラッターの持ち時間が終了となるが、今度は運営委員会のシェフたちが、夢のように美しいプラッターをもって壇上を一周する。プラッターのテーマは牛肉のブレゼ。主菜である肉を彩るガルニの盛りつけは、各国の腕の見せどころだ。切り分けられ、それぞれのプラッター審査員のもとに届けられ、同じく、細かな7~8項目に、点数を入れていく。こちらは温かな料理なので、火入れや温度が重要なポイントとなる。こうして、最終組までの審査が続いていく。作る料理人も大変だが、試食審査も命がけ。日頃からの鍛練と経験がなければ、とても務まるものではない。

さて、3時間後の授賞式でいよいよ栄冠の勝者の発表となる。比較的時審査時間が短いが、これは、審査シェフたちがつけた点数の完全なる合計が得票であって、一切の私情をはさむものではないからだ。

表彰式になると、各シェフの率いるチームは国旗を持ち、胸をはって入場。その間も、観客からの応援はなりやまず、まるでオリンピックの入場行進を見るかのような盛り上がりだ。

いよいよとなる表彰式では、まず、ベストプラッター賞、ベストテイクアウェイ賞、ベストコミ賞の3つの特別賞が授与された。その後にブロンズ、シルバー、ゴールドのボキューズ像の発表である。結果は3位がノルウェー、2位、デンマーク、1位が国の威信をかけてのフランスであった。実は、フランスは8年ぶりの1位とのこと。国をあげての悲願が叶ったわけだ。なにしろ、フランスの試食審査の前に、マクロン大統領が視察に訪れたほどで、いかに、フランスが力を入れていたかがわかる。シェフたちの抱擁、紙吹雪が舞い、鳴物のなりやまぬなか、閉会式は幕をおろした。

表彰台にて国歌斉唱。
表彰台にて国歌斉唱。

 浜田統之審査員に1~3位の勝因を簡単に語ってもらった。「まずは、フランスですが、全体の仕上がりが抜群にきれいでしたね。特にプラッターの作り込み方と、テーマであるブレゼの仕上げは完璧でした。デンマークは優勝経験者でもあり、世界のベストレストラン50でも2位に名を連ねる『ジェラニウム』のラスムスがコーチについていたので、その色が全面に出ていて、さすがのセンスと完成度の高さでした。ノルウェーも、家具やアートにも通ずる北欧独得の美意識を貫いた、デザイン性、色使い、世界観は評価できました。他国に比べて、この3か国ははっきりとレベルが違いました。1位~5位までは、私のつけた順位と同じでした」と言う。やはり求められるのは、世界レベルの美意識と味なのであろう。

  • フランスチームのテイクアウェイ。 フランスチームのテイクアウェイ。
    フランスチームのテイクアウェイ。
  • フランスチームのプラッター。 フランスチームのプラッター。
    フランスチームのプラッター。
  • フランスチームのテイクアウェイ。
  • フランスチームのプラッター。

戸枝氏に自身の料理に関しての説明と思い入れを聞いた。「テイクアウェイのテーマはトマトと海老。このどこにもある食材をどのように使うのかは悩みどころでした。前菜ではスパイスをきかせたトマトの一皿、主菜には海老のマリネ、デザートには、パプリカを使いながら、トマトそっくりに仕上げるという遊び心を潜ませました。プラッターに関しては、フランスのミスジ肉を取り寄せて、火入れを何度も研究し、ブレゼであっても、レアに近い食感を意識しました。ガルニには、軽井沢の自然や森を表現して、粉の焼き物で静かな森を汲みたてました」という。他国とは異なる、自然と一体となった禅の世界を表すような盛り付けに、会場からは大きな拍手がわいたていた。

  • 日本チームのテイクアウェイ。 日本チームのテイクアウェイ。
    日本チームのテイクアウェイ。
  • 日本チームのプラッター。 日本チームのプラッター。
    日本チームのプラッター。
  • 日本チームのテイクアウェイ。
  • 日本チームのプラッター。

「順位は本意ではありませんが、とにかく、今はやりきったという清々しい気持ちでいっぱいです。予選、準決勝、本選とコンクールに出るたびに、はっきりと自分でも力がついていくのがわかりましたし、確実にボキューズ・ドールによって、自分は変われたと思います。これからの料理人人生にも必ず、プラスになるはずです。そして、この経験を、また次の若いシェフに伝えていくことができればと思っています」と晴れやかに語ってくれた。

今回初めてボキューズ・ドールを観戦して、感じることは多くあった。まず、5時間半もの時間を集中し続けながら、料理を仕上げていく、料理人の真摯な姿勢に心を打たれたこと。同時に、ボキューズ・ドールという、一分のすきもない完璧な仕組みを造り上げる、フラン料理界(フランス国家)の底力をまざまざと見せつけられたこと。敢えての言い方をさせてもらえば、かつての列強諸国は、プラットフォーム作りが実に巧みであるということか。

フランス国家において、料理が外貨獲得のための重要な産業であり、文化であると思えば、MOFという制度を作ることで、料理人の社会的地位を上げ、同時に、ミシュランという制度を利用し、世界中にその権威をいきわたらせる。そうした、充分すぎるほどの下地の上に、ボキューズ・ドールという、料理のワールドカップという戦いの場を設けた。一度でも入賞すれば、ボキューズ・ドールファミリーとして、試食審査員として参加したり、アカデミーに呼ばれたり、必ず何かしらの形で関わり続けていく。こうして入賞者には、料理人としての成功を約束する。そんなシステムを作り出せるということの、フランスという国の力や考え方や実行力に驚嘆した。

調理中の日本チーム。
調理中の日本チーム。

 他方、印象に残ったことは、今回参加している21か国の中でも、国や企業からの支援の厚みがまったく異なるということだ。当然のことながら、支援と順位とは密接に関係してくる。残念ながら、日本はほぼ、個人的な出費による参加だ。戸枝氏も半年以上自身の店を閉めての参加だった。どう考えても不利ではあるが、現状ではいたしかたない。日本国にも、料理や外食産業が、日本において大事な文化的コンテンツであるということを改めて自覚してもらえればと、願うばかりである。その上で、ボキューズ・ドールの産業的、文化的重要性、世界に与える影響力などを理解し、支援をいとわないという構造ができてきたら、日本の結果ももちろん変わってくるであろうし、その先に続く、日本のフランス料理界の未来も変わってくるに違いない。初の観戦者として、一料理ジャーナリストとして、そうした思いが大変に強く胸に残った。

※『Nile’s NILE』2021年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。