The World’s 50 Best Restaurants、約2年ぶりの開催
アワードは長くロンドンで行われてきたが、その後は、「わが都市を、美食の都に」と、自らアワードを誘致するケースも増え、NY、メルボルン、ビルバオ、シンガポールなど、名だたるグルメ都市が名乗りをあげてきた。そして、2021年は、フランスやオランダと至近にありながら、150以上の民族が住まう、ダイバーシティー・アントワープが手を挙げたのである。
前回アワードが行われたのが、2019年6月のシンガポール。その後、コロナ禍をはさみ、2年超ぶりの開催となった。果たして世界のガストロノミー界はどのような変貌を見せたであろうか。投票自体は2019年の冬に行われたもので、その後、2020年の冬に、投票内容を変更して再投票してもよいという規定のもとで集計されたという、異例づくめの2021年のアワードだった。
結果、選ばれたのは5大陸26カ国のレストラン50店。会場に集まったシェフたちからは、コロナ禍で、レストラン業界が直面した冬の時代を経て、再びガストロノミー業界を盛り上げていこうという熱気が例年以上に感じられた。会場では、スクリーンに映し出されたプレゼンターが、50位から順にレストラン名を読み上げていく。シェフは1階席に、ジャーナリストは2階席に位置するが、2階席にまで、その緊張が伝わってくる。なぜなら、読み上げられてしまったら、その順位で終わりだから。一つでも順位を上に、という息の詰まるような沈黙、その後の、喝采と喜びのハグ。見ているこちらまでもが、胸が熱くなる。
新生「ノーマ」が1位を獲得。
果たして結果は、デンマーク・コペンハーゲンの、新生「ノーマ」が1位に輝いた。新生という意味は、実はノーマは移転前に4回1位を獲得している。その後、スタッフ全員で東京を含め、世界3都市でポップアップレストランを行ったことは記憶に新しいのではないだろうか。その後移転し、新生ノーマとして復活した。その間に、ベスト50の規約で、1位になったレストランは殿堂入りし、ランキングからは外れるというルールができたのだが、新生であればランクインできるという理由で、ノーマは2019年に再び2位にランクイン。1位だったフランス・ニースの「ミラズール」が殿堂入りしたため、今回の、2位からスライドしての1位は、大方の予想通りであったとも言える。しかし、舞台上でクリスタルトロフィーを振り上げる、レネ・レゼッピ、ハグし合うスタッフたち、その光景はやはり感動的であった。希少な素材の見極めとその組み合わせの妙やテクニックが、現代のガストロノミー界に与えた影響ははかりしれないほど大きいと、その1位を称える声は大きい。
2位は同じくデンマーク・コペンハーゲンの「ジェラニウム」。前回の5位からの上昇であるから、その喜びもひとしおであろう。同じくイノベーティブでも、季節にフォーカスした食材の独得の使い方が高く評価されている。そして3位が、スペイン・ビルバオ郊外の「アサドール・エチェバリ」。このベスト3の受賞は、現在のガストロノミー界における北欧勢とスペイン勢の強さを象徴しているともいえる。エチェバリのビット―ル・アルギンソシェフは料理界に多大な影響を与えたということで、シェフたちの投票によるベストシェフを選ぶ、「シェフズチョイス」賞も受賞した。薪火のみで調理をするという、独自の技法の影響の大きさは、日本の料理界を見ても、容易に想像がつく。
4位は安定的に上位をキープするペルー・リマの「セントラル」。ビルヒリオ・マルティネスは、標高3000mから海中までの豊富な食材を駆使する食の魔術師だ。5位がエルブリのレガシーを引き継ぐ、バルセロナの「ディスフルタール」。前回の9位から確実に順位を上げている。6位がストックホルム「フランツェン」。自然と融合した料理は以前から高い評価を得ていたが、21位からのジャンプアップには、フーディーの自然を希求する心が表われているのかもしれない。7位がペルー・リマの日系料理「マイド」。味噌、醤油と懐かしい味をイノベーティブに仕上げた料理が世界を魅了し続けている。8位がアジアのナンバーワンに輝いた、シンガポールの端正なフランス料理「オデット」。9位がメキシコシティの「プジョル」。このように、9位までに3軒の南米大陸のレストランがランクインするとは、南米が世界のガストロノミーに与える影響の大きさがうかがえる。10位には香港の「チェアマン」がランクイン。フュージョンではないコンテンポラリーに仕立てた中国料理が評価され、前回の31位からの躍進でハイエストクライマー賞も受賞した。アジア勢の健闘をたたえたい。
日本勢は「傳」、「NARISAWA」、「フロリレージュ」がベスト50入り
日本勢は、最高位が、ホスピタリティと驚きにあふれた日本料理「傳」が11位にランクイン。悲願のベスト10入りは今回もお預けとなってしまったが、昨年と同じ11位をキープしたということは、世界にその実力がしっかりと認められているということにほかならない。また、長年、日本のみならず、世界のガストロノミー界に強い影響を与えてきた里山イノベーティブを供する「NARISAWA」も19位と、安定の実力を発揮した。ちなみに、昨年の22位からは3位アップだ。そして、ビッグニュースは、コンテンポラリーでサステナブルなフレンチ「フロリレージュ」が39位で、新たなベスト50入りを果たしたことだろう。日本人としては、大変に喜ばしい結果になった。
一足先に発表された、51位~100位の中には、アジア圏から13店舗。うち、日本は5店舗がランクイン。伝統を守りながらも、革新的な技術を追求し続けてやまない「日本料理龍吟」が51位、繊細で取り合わせの妙が冴えわたるイタリアン「ルカ・ファンティン」が73位、中国料理を洗練の極みに昇華させた「茶禅華」が75位。繊細な中に強い印象を残すが大阪のフランス料理「ラ・シーム」が76位、素材の持ち味を究極まで引き出したフレンチレストラン「レフェルヴェソンス」は99位である。いずれ劣らぬ実力派のシェフたちの、コロナ禍後の活躍がまた楽しみである。
ドミニク・クレン、多大な業績が評価される「アイコン」賞を獲得
次に、これまで触れられなかった、特別賞についても書いてみたい。ベスト50は、順位のほかに、スポンサーによる、さまざまな特別賞が用意されている。それらは時に順位より大きな価値がある。まずは、次世代のスターに光を当てる「ワントゥウォッチ」賞。これにはロンドンの「イコイ」が獲得。西アフリカのスパイス使いが新しい風を感じさせる料理とコンテンポラリーな供し方に、シェフとサービスの二人へ贈られた。
料理人としての、これまでの多大な業績が評価される、いわば功労賞ともいえる「アイコン」賞は、全米で初めて女性シェフで三ツ星を獲得した、サンフランシスコのドミニク・クレンが獲得。ダイバーシティが一つのテーマでもあった今回のアワードにおいて、クレンの受賞は、食の未来や可能性を見せてくれた気がする。もちろん、アイコンアワードの女性シェフの受賞も初めてだ。
「ベストフィメールシェフ」賞には、4位の「セントランル」のビルヒリオの妻であるピオ・レオンが、クスコに創設した「ミル」において供する、ペルーの産物とその起源を反映させた料理が評価されて受賞。「アートオブホスピタリー」賞には、ウィーンの「シュタイラーエック」が選ばれた。エレガントで夢のような時間を過ごすことができる、言語を超えたもてなしが票を集めた。また、今の時代には不可欠な、未来を見据えた方向性を示す、「サステナブル賞」にはチリ・サンチャゴの「ボラゴ」が受賞。サンチャゴで最も高い山の裾野にあり、先住民族の食文化を大切にしたその料理には、国際的機関Food Made Good Globalも価値を認定しての受賞だ。
スペイン勢とアメリカ勢、ベスト50を牽引
最後に、国や地域別の活躍を見てみよう。今回のベスト50を牽引した国としては、それぞれ6軒のレストランがランクインしたスペイン勢とアメリカ勢と言えるだろう。スペインは、10位以降にもガストロノミー界に君臨してきた「ムガリッツ」の14位、薪焼きで名高いゲタリアの「エルカノ」も昨年の30位から16位へ、マドリッドの「ディヴェルソ」は20位にニューエントリーと注目だ。アメリカではニューヨークの「コスメ」が22位、サンフランシスコ「ベニュー」が28位、ニューエントリーの「シングルスレッド」37位、ニューヨークの「アトミックス」43位もニューエントリー。44位に大御所の「ベルナルダン」、そしてなんといっても、47位にアイコンアワードを受賞した女性シェフ・クレンの「アトリエ クレン」がランクインするなど、話題も多い。
中南米勢は前述の通り、10位以内に3店が輝いているが、そのほかに13位にアルゼンチンの「ドン・フリオ」、17位にサンパウロの「ア カッサ ド ポルコ」、38位にチリ・サンチャゴ「ボラゴ」、46位にコロンビア・ボゴタ「レオ」、の計7軒が入賞。その勢いを感じずにはいられない。フランスは計3軒だが、いずれも、アンラン・パッサール「アルページュ」、ヤニック・アレノ「アレノ・パリ・オ・パヴィヨン・ルドワイヤン」、「セプティーム」と、大御所や常連の店であり、ベスト50的には新しい動きはあまりなかった。逆に、健闘を見せたのはイタリアで、リベリアの「リド84」は、いきなりの15位ランクインで「ハイエストニューエントリー」賞を獲得。18位のアルバの「ピアッツァ・ドゥオーモ」は常連で、納得の高位置。
パドヴァ郊外の実力派の「ル・カランドレ」は26位に、アブルッツォの「レアーレ」は29位に再エントリーするなど、イタリア勢から今後も目が離せない。アジアは日本3店舗に加えて、10位香港の「チェアマン」、34位シンガポールの「バーントエンズ」、35位上海の「ウルトラバイオレット」、40位タイ「ズーリン」と計6店舗。日本はもちろんながら、アジア全般、南米に比べて、ヨーロッパ、アメリカの評議員からは距離が遠いことが、弱みになっていると言わざるを得ないだろう。
コロナ後の世界、自由に世界を移動できる時代に戻り、アジアの料理がより評価される日がくることを願ってやまなない。そして、世界26か国から選出されたシェフたちは、今後もますますその影響力を強め、ガストロノミー界を盛り上げていってくれるであろう。
※『Nile’s NILE』2021年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています