「おおロミオ、あなたはなぜ、ロミオなの?」
ジュリエットの嘆きの言葉は、ウィリアム・シェークスピアのペンを通じて、時代を超え、世界中の人々のため息を誘い続けている。
名戯曲『ロミオとジュリエット』の舞台が、イタリアの古都、ヴェローナであったことは、広く知られている。対立するヴェローナの二つの名家、モンタギュー家の息子ロミオと、キャピュレット家の娘のジュリエットは恋に落ち、悲劇的な結末を迎える。そのジュリエットのモデルとされる女性の生家「ジュリエッタの家」は、現在もヴェローナにあり、多くの観光客を迎え入れている。ジュリエットが、冒頭に引いた言葉を発したとされるバルコニーも、そこに残されている。
シェークスピアのほとんどの作品には下敷きとなる小説や詩、伝承などがあったことが明らかにされている。『ロミオとジュリエット』にも、ヴェローナを舞台とする種本があり、当のシェークスピア本人は、この街を訪れたことはなかったという。
しかし、この地を踏めば、ここがあの悲恋の舞台にふさわしいロケーションだと感じないではいられない。中世の面影をとどめる一方、古代ローマ時代からの遺構も点在する旧市街は、どこか叙情的だ。ランドマークと言うべき円形劇場アレーナ・ディ・ヴェローナは、紀元1世紀前半の創建とされ、ローマのコロッセオよりも古い。2万席以上のキャパシティを誇り、現在も、オペラやロックコンサートが開催されている。特に毎年夏場に催される連日の野外オペラは有名で、世界中からファンを集めている。シェークスピアにあやかるなら「真夏の夜の夢」を提供し続けているといったところか。
そんな文化の薫り高いヴェローナが、イタリアでも有数のジェラートの街であることは、日本ではあまり知られていないかもしれない。
アレーナに隣接するブラ広場周辺でも、ショッピングストリートのマッツィーニ通りでも、ここにあったかと思えば、またそこにもある、というほど多くのジェラテリアがひしめいている。
日本にも進出していたグロムや、1878年創業のチョコレートとジェラートの老舗ヴェンキなど、大手チェーン系はもちろん、このエリアだけで展開されているショップや、地域密着型の小型店など、さまざまなタイプのジェラテリアが軒を連ねる。老いも若きも、男性も女性も、ジェラートを手に歩く姿が、ヴェローナの街になじんでいるように思えてくるから不思議だ。
なぜ、ヴェローナでは、こんなにジェラートが愛されているのか?
その疑問を、ジェラート店員やホテルのコンシェルジュにぶつけてみた。ある人は「夏場の野外オペラの時期に冷たいジェラートが欠かせないから」と言い、またある人は「この近郊に大手ジェラートメーカーの工場があったんじゃないか?」と言うが、この情報も定かではない。正直なところ、誰に聞いても明確な答えは返ってこなかった。そして異口同音に「皆、ジェラートが好きだから」である。確かに、それだけは間違いない。
イタリアでは『ガンベロ・ロッソ』というグルメガイドブックがよく知られている。イタリアにおけるミシュランガイド的な存在だが、イタリア国内では、『ガンベロ・ロッソ』のほうが信頼できるという声も多い。その版元から、なんと『ジェラテリエ・ディタリア』なるジェラテリア専門のガイドブックも刊行されているのだ。イタリア全土からえりすぐりのジェラテリアが掲載され、星ならぬコーンの数で評価されている。2019年版では全イタリアで3コーンに輝いたのは43店。こんなガイドの存在も、イタリア人のジェラート愛を証明するものだろう。
※『Nile’s NILE』2019年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています