とぎれない記憶の構図

Photo Masahiro Goda  Text Nile’s NILE
とぎれない記憶の構図、銀座建築
和光本館
服部時計店の2代目“時計塔”として1932(昭和7)年に建築。大正時代に入ってすぐに建て替えが予定されていたが、23(大正12)年に関東大震災に見舞われ、設計を綿密に練り直して、現在の和光本館の姿に。設計は渡辺仁で、ほかに東京国立博物館本館や旧第一生命館なども手掛ける。外壁には強靭(きょうじん)な御影石が用いられ、華麗なネオルネサンス様式のこのうえなく重厚な建物である。

4月からNHKの連続テレビ小説『あんぱん』が始まった。このタイトルを聞いて、どのくらいの人が〝銀座のあんぱん〞を連想しただろうか。恐らく少なくはないはずだ。

銀座は実に不思議な街である。日々、真新しいビルが建ち、斬新な店がオープンし、新参者もやって来る。それなのにいつも銀座は、同じ顔で私たちを出迎えてくれる。

どうしてか。それは街の骨格がしっかりしているからではないだろうか。木村家の暖簾(のれん)しかり、和光の時計塔しかり、銀座三越のライオン像しかり……。ずっとそこに在り続ける街のシンボルが、銀座には圧倒的に多い。

その最たるは建築で、和光や交詢(こうじゅん)ビルといった1920〜30年代に建てられた古いビルが今もなお現役だ。銀座へ行くたび、その姿を見ては安堵(あんど)し、そして古いビルの中に入ると、ふいに時が巻き戻ったような気分にさせられる。かつて過ごしたうれしい時間、楽しいおしゃべり、銀座でしか食べられないおいしいもの、おしゃれな洋服、心に残っている映画、一緒に歩いた人までもがよみがえって、いつの間にか懐かしい気持ちでいっぱいになるのだ。

きっと日本中を探しても、こんな街はない。人々の記憶の中に、それぞれの〝銀座〞が刻み込まれていて、特別な思い出になっていて、その記憶に触れることができる。

とぎれることのない記憶の構図として、古いものが支える銀座は、ずっと〝らしく〞在り続けるのだ。

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    交詢ビル
    関東大震災により旧社屋が全壊したため、1929(昭和4)年に2代目のクラブハウスビルとして再建された。交詢社は1880(明治13)年に福澤諭吉が設立した日本最古の会員制社交クラブ。設計は、横河民輔の長男である時介。ゴシック様式の歴史主義を基調としつつ、ファサードにアールデコの意匠を取り入れた、昭和初期を代表する建築。老朽化のため2002年解体、歴史ある外観の一部を融合して04年にリニューアルした。
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    ヨネイビル
    機械・資材などの輸出入を行う銀座の商社、ヨネイの本社ビルとして、1930(昭和5)年に竣工。設計は森山松之助で、ほかに旧久邇宮(くにのみや)邸、新宿御苑の台湾閣、両国公会堂(旧・本所公会堂)などがある。直線を強調した帯状の装飾で輪郭を際立たせ、大小のアーチ形の窓が軽快さを醸す中世ロマネスク風のデザイン。重厚な石貼りの壮麗で瀟洒(しょうしゃ)な建築だ。
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    ミュゼ銀座
    1932(昭和7)年に関東大震災の復興建築、旧宮脇ビル(油商店の事務所)として建てられた。設計者は不明。レンガのような外観は、昭和初期に流行していた加飾スクラッチタイルと呼ばれるもの。また室内の杉天井など、日本建築の職人技が随所にちりばめられている。2011年に取り壊し計画が持ち上がったが、計画が一転。保存が決断され、現在はギャラリーとして活用されている。2025年3月、国の有形文化財に登録された。
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    教文館・聖書館ビル
    アメリカから来た宣教師がキリスト教の本を制作販売する会社である教文館の、書店として1933(昭和7)年に建築。戦前のモダニズム建築の代表作の一つだ。設計は日本の近代建築の父であるアントニン・レーモンド。44年の滞日で400余の建築物をつくった。隣接する教文館ビルと聖書館ビルの外観は、一つのビルのように見えるが、入り口やエレベーターホールや階段室を共有しつつも、2棟が分かれており、それぞれ異なる構造を持つ。
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※『Nile’s NILE』2025年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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