東北緑色革命
太古の森、その原風景を探す

女神山――白糸の滝
畠山さんら「牡蠣の森を慕う会」による植樹運動をきっかけに、広葉樹を主体とする“森”をつくる活動が全国に広がってきた。このような新たなカタチの森づくりへの関心が高まる中、同じ東北で昔から姿を変えずにある森の原風景を求めて、ブナの森に覆われた女神山を歩いた。清水をたっぷり蓄えたこの山には、さまざまな生き物が心地よく暮らす。

Photo Satoru Seki  Text Junko Chiba

女神山――白糸の滝
畠山さんら「牡蠣の森を慕う会」による植樹運動をきっかけに、広葉樹を主体とする“森”をつくる活動が全国に広がってきた。このような新たなカタチの森づくりへの関心が高まる中、同じ東北で昔から姿を変えずにある森の原風景を求めて、ブナの森に覆われた女神山を歩いた。清水をたっぷり蓄えたこの山には、さまざまな生き物が心地よく暮らす。

樹齢300年のブナの木「ブナじい」。白糸の滝の入り口に立つ。ブナの木の樹皮には地衣類が着生し、独特の斑紋がある。また、葉は雨水を受けとめ、枝から幹を伝い根元に吸い込まれる。

東北「緑の回廊」

森は遷移する。遠い昔は植物群落。それが不可逆的に変化しながら、森が形成されていく。その遷移が最終的に安定して、何百年、千年と自然のまま、不変の歴史を紡いできたものを「極相林」と呼ぶ。東北にはその極相林が、温冷帯に分布する日本特産の落葉広葉樹・ブナの森として、数多く残されている。

  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
    白糸の滝。裏側に潜り込むと、繊細なレースのカーテンのような滝越しに、太陽が出ていれば昼でも銀河のような光景が広がるという。
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
    女神山のある岩手県西和賀町は、「秀衡街道」と呼ばれる古道の通る地域。平泉と秋田県横手を結ぶこの道には、随所に金山があったと伝えられる。黄金を運ぶ道でもあったようだ。
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す

これらは「人が手を加えてはいけない森」。東北森林管理局は、原生的な森林生態系や優れた自然景観を有する貴重な森林同士を連結し、野生の動植物の広域的な繋がりを確保するべく、「緑の回廊」を構想。平成12年度以降これまで、白神八甲田、八幡平太平山、奥羽山脈など5箇所が設定され、延長約900kmの森林が続く回廊が通っている。残存する人工林も、伐採を繰り返すなどして、将来的には針葉樹と広葉樹の混交林に誘導していく方針だ。

近年は「開発」の名の下に、道路やダム、工場、ゴルフ場などの建設ラッシュが続き、日本の森林のどれだけが破壊・分断されたことか。一方で、良い木材を供給するために杉や檜の人工林をつくったものの、安い輸入材に押されて日本の木材が競争力を失う中で放置され、荒廃した森があちこちにある。結果、森の生態系が崩れて環境に深刻な影響が出ていること、腐葉土を失い“緑の砂漠化”した人工林が洪水や土砂流出等の災害を引き起こしていることは言うまでもない。森のあるべき姿を考える時、東北に点在するブナの森はある種の理想形を示唆してくれるように思う。だから、歩いてみたかった。女神山は東北緑の回廊の西の端に連なる標高956mの山である。

  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
    (左)地衣類が付き、独特の模様ができるブナの幹。
    (右)香り高く、美しい草姿の山ユリ。さまざまな夏の花で彩られる。
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
    (左)カメムシに寄生した菌がオレンジの胞子の花を咲かせた冬虫夏草。
    (右)沢沿いの石や木の根には苔がびっしり。
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
    (左)滝の裏側から水の流れを拝見。滴が太陽に反射してきれいに輝く。
    (右)元気よく顔を出したカナヘビ。人に気づいても逃げる気配はない。
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す
  • 東北緑色革命太古の森、その原風景を探す

生物多様性を体感

岩手県和賀郡西和賀町、ほっとゆだ駅から県道1号線・下前方面に入り、女神山方面への分岐から林道を5kmほど走って駐車場に到着。山歩きはここから始まった。今回は自然観察を目的とするトレッキング。環境省希少野生動植物種保存推進員である瀬川強さんが案内してくれた。

階段状の道を下り、沢を渡って杉の造林地を抜けるとブナの林に入る。一瞬、「えっ、杉?」と思ったが、瀬川さんによると、この造林地も今は「ブナがどんどん生えて、自然の森に戻りつつある」とのこと。ブナは地上に落ちて、あるいは次に実をつけるのは7、8年後だと知っている動物たちが地中に隠しておく実があちこちに散らばって、芽を出し、増えていく。わずか数分の道のりにも、瀬川さんが「ブナの赤ちゃん」と指差す葉が無数に見られた。

「これはタムシバ。いい香りでしょ。宮沢賢治の短編に出てくるマグノリアの木はこれだと言われてます」「苔むす木肌のここ、オパールみたいにキラキラ光ってますね?ナメクジの歩いた跡です。こっちは交合した所。きれいでしょ」

「ラッキーですね、冬虫夏草がありました。カメムシに寄生した菌がオレンジの胞子の花を咲かせます」

「斜面のブナの木の根元の方が撓んでいるのは、雪に倒されては伸びるという繰り返しで成長したから。この辺は2mほど雪が積もります」

瀬川さんは何度も足を止め、女神山を熟知する者にしか見つけられない、わからない生き物たちの様子を説明してくれた。その度に「へぇ」を連発するばかり。生物の多様性を見せつけられる思いである。

女神山の森にはブナをはじめ、乾いた尾根筋のミズナラ、湿った沢沿いのトチノキやサワグルミ、低木のオオカメノキやヒメアオキなど、多くの樹木が自生する。

圧巻の清流

さらに沢沿いの道を進むと、白糸の滝に着く。周辺には女神霊泉、降る滝、姥滝、爺滝など7つの滝がある。これらはブナの森の蓄える水の恵み。冷たい清流は尽きることがない。急な山道に喘ぎ、石伝いに渡る川に足がすくみ、緊張しっ放しだったが、水を見ると気持ちが洗われるよう。“水休み”が心地いい。

さらに山道を歩くこと数十分、視界が開け、幾本もの“高さ30m・太さ1m級”のブナが幻想的な景観を織り成す広場に出る。その名も「ブナ見平」。思わずため息し、やがて何度も深呼吸をしたくなる。ブナの森には、スポンジのように水を吸い込む腐葉土がある。それだけ保水能力が高い。また、北の山ゆえに、雪解け水がたっぷり蓄えられる。森はこうした水を浄化しながら川へ流す巧みな水循環機能を有しているのだ。

森の原風景に出合い、浸った山歩き。無駄なものがなく、清らかである“極相の森”を全身で感じ、都市化により疲弊した日本の再生は森から始まると実感する。

ブナの森に入り、「森閑」「清浄」という言葉の本当の意味を肌で感じることができた。動植物だけでなく、ミクロで生きる微生物、菌、あらゆるものが混在しているはずなのに、清々しく、すべて整っている様は見事だ。

森を歩けば、 自然を慈しむ気持ちが芽生える。 その芽を育てたい

「西和賀の自然に惚れ込んで、30年近く前に移住してきました。子どもの頃に親しんだ花巻の森は、開発で全部、田んぼになっちゃった。その影響と、2度ヒマラヤへ行って自然の中で貧しくとも幸せに生きる人たちを見て価値観が一変したことで、自然とここに引き寄せられたような気がします」

日本自然保護協会の自然観察指導員となった瀬川強さんは、20年ほど前にカタクリの会を結成。奥羽自然観察会の毎月の開催や隔月刊「カタクリ通信」の発行など、自然保護活動に精力的に取り組む。

「県内外から老若男女、さまざまな方に参加いただいています。自然を好きになる人が増えれば、自ずといろんな開発を抑制できるんじゃないか。それによって自然を大切にする社会が出来上がっていくことが、観察会の最終目標です」

瀬川さんはまた、岩手大学の客員教授として院生の指導にも当たっている。その中で「今は遺伝子レベルの研究に熱心な学生が多く、フィールドワークに目を向けない嫌いがある」と指摘する。一方で、「この辺の子どもたちでさえ、森に分け入って遊ばない」現実がある。「そんなふうでは人間本来の持つ感性が希釈されてしまう」と危惧する。だからこそ、より多くの人に森を感じて欲しいと思うのだ。

女神山のブナの森をはじめとする西和賀の自然を通して、瀬川さんは幾久しく変わらぬ日本の良さを発信し続ける。

瀬川 強
環境省希少野生動植物種保存推進員
岩手県環境アドバイザー

せがわ・つよし
1954年、岩手県花巻市生まれ。サラリーマン生活を経て、85年にカタクリの群生する自然に魅かれて西和賀町に移住。自然観察指導員として自然保護活動をする傍ら、岩手の自然を独特のタッチで撮る写真家としても知られる。『奥羽の自然西和賀大地』『西和賀 カタクリの里』(熊谷印刷出版部刊)などの写真集がある。

※『Nile’s NILE』2011年9月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。