エンターテインメントとして読むか、現代を生きるバイブルとして読むか

現場主義をモットーに、文化全般を独特の語り口で解き明かしてきた著述家・プロデューサーの湯山玲子氏。「教養とは、現実を生き抜くための筋力や反射神経」と語る湯山氏に、一過性のブームを超え社会現象にもなりつつある『鬼滅の刃』、特に原作コミックスが持つ魅力について、分析していただいた。

Photo TONY TANIUCHI  Text Hina Tomizawa

現場主義をモットーに、文化全般を独特の語り口で解き明かしてきた著述家・プロデューサーの湯山玲子氏。「教養とは、現実を生き抜くための筋力や反射神経」と語る湯山氏に、一過性のブームを超え社会現象にもなりつつある『鬼滅の刃』、特に原作コミックスが持つ魅力について、分析していただいた。

新しい人間関係・組織のあり方とは

本作は人間と鬼との戦いがテーマとなっていますが、双方の組織のあり方は大きく異なります。鬼たちの組織は、唯一無二のリーダー・鬼舞辻無惨が支配する独裁的な組織と、彼らから人間を守ろうとする剣士たちで構成される「鬼殺隊」という対照的な二つの組織が登場します。

前者が恐怖政治による「独裁国家」だとすれば、後者は、「共和国」。
厳しい選抜を潜り抜けた剣士たちと、その中でも精鋭である9人の「柱」たちというスキルを持った人材が、「お館様」と呼ばれる産屋敷家の当主を最高管理者の下に集い、それぞれの目標を持ちつつも、あるミッションの下に力を尽くす、そんな組織として描かれています。

戦闘能力はないものの、リーダーとして鬼殺隊を率いるお館様に対する尊敬の気持ちはベースにあるけれど、「(お館様は)使い物にならない」みたいなセリフを放つ柱も登場します。
それは一つの意見として否定はされない。役割の違いはあっても、お館様と柱はある意味で対等に発言し合える組織として描かれているんです。

さらに、お館様自身も、自分の命の限界を悟ると、目的のためには自分自身が退く決意をする。その時自分ができるベストの対応をしつつ、スムーズに次世代を担う子どもたちにその座を譲っていくんです。

こうした組織のあり方は、「会社(親分)の御輿を担ぐ」というような感覚が希薄になりつつある世相にも通じます。年功序列、トップダウンの会社人生を送ってきた方には腹落ちしにくいかもしれませんが、こういった組織の成り立ち方は、新たな時代の組織作りを理解する手がかりにもなるのではないでしょうか。

男性的な幻想か、女性へのエールか

実は、新人時代から少年誌・青年誌で活躍する女性作家には、性別によって色眼鏡で見られることを避ける目的もあり、男性名を使用する例も多いんです。『モテキ』の久保ミツロウ、『鋼の錬金術師』の荒川弘などが有名ですね。本作を描いた吾峠呼世晴も、ジャンプ関係者によって女性であることが明かされています。

そして、男性向け漫画を読んで育ち、その世界観の中で育った彼女たちは、気持ちの部分では完全に男のはず、「名誉男子※1」的な意識は皆無でしょうが、日本の男性がグッとくる女性像を描いても躊躇がない。

例えば、鬼になってしまった主人公の妹・禰豆子は人をかまないように口枷をはめられています。この“物言わぬ幼女”という姿は、日本人男性の無意識的幻想の塊のよう。また、恋柱の甘露寺蜜璃は恋愛ボケのような不思議ちゃんで絶対にリーダーにならないタイプ。彼女には「女は実力を隠してかわいくいろ」というようなメッセージを感じます。

とはいえ、蜜璃は判断力もあり、鬼殺隊を代表する凄腕仕事人。自分の意思で女性らしさと仕事を両立する彼女の存在は、社会の中で実力を発揮するには、「女の子モード全開」じゃダメなの? という女性たちの不満を代弁しているかのよう。

また、鬼でありながら医者として禰豆子を人間に戻す手助けをする珠世というキャラクターは、ミッションのために命を懸けても自分の仕事をする、本当のプロフェッショナル。性別を超えた“理想の上司”とも言える存在ですね。このように、さまざま女性像が提示されているのも本作の魅力です。

一見、少年漫画らしい明確なテーマの提示とキャッチーで分かりやすいキャラクター造形が魅力の『鬼滅の刃』。しかしながら、じっくり読み込むと、新たな価値観に出会える可能性も。単なるエンターテインメントとして読むか、現代を生きるバイブルとして読むか、それは受け手次第。まずは一度、この世界に身を浸してみてはいかがだろうか。

著述家・プロデューサー 湯山玲子氏

湯山玲子 ゆやまれいこ
著述家・プロデューサー
学習院大学法学部卒。ぴあ株式会社を経て独立後、時代性や社会性を加味した独特の視点での、著作、発言を続けている。著作に『女ひとり寿司』『クラブカルチャー!』『女装する女』『四十路越え!』、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降を生きる』等。NHK『ごごナマ』、TBS『新・情報7DAYSニュースキャスター』等に出演。日本大学藝術学部文芸学科非常勤講師。東京家政大学非常勤講師。名古屋芸術大学特別客員教授。

※『Nile’s NILE』2020年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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