利己・利他の間で

現代社会の若き論客として活躍する古谷経衡氏は、『鬼滅の刃』が「週刊少年ジャンプ」誌上で連載を開始した当初から読みはじめ、アニメ化、映画化を経ながら大ブームを引き起こす過程を見てきた。そんな古谷氏がこの物語とその周辺をどう見ているか、話を聞いた。

Photo TONY TANIUCHI  Text Izumi Shibata

現代社会の若き論客として活躍する古谷経衡氏は、『鬼滅の刃』が「週刊少年ジャンプ」誌上で連載を開始した当初から読みはじめ、アニメ化、映画化を経ながら大ブームを引き起こす過程を見てきた。そんな古谷氏がこの物語とその周辺をどう見ているか、話を聞いた。

文筆家、作家、評論家  古谷経衡氏
文筆家、作家、評論家  古谷経衡氏。

現代社会をフィールドにする言論人であり、また漫画やアニメへの造詣が深い古谷経衡氏。『鬼滅の刃』(以下『鬼滅』)は2016年の週刊少年ジャンプでの連載開始から2020年5月の連載終了まで読み、その物語世界を追ってきたという。そしてこの作品を「傑作」と評価する。

ただし、世間を賑わせているこの大ヒットに関しては、「非常にラッキーだった、という側面が強いでしょう」と話す。

「例年だと夏休みの8月、それに続く9月には大型アニメ映画が公開されます。特にジブリ作品と細田守監督作品は定番。でも今年はコロナの影響で彼らの映画が上映されず、大型アニメ映画への飢餓感が強まっていた。そこに投入されたのが、『鬼滅』なのです」

大ヒットの条件は普遍性

こうしたラッキーがあったとしても、社会的大ヒットを飛ばしているくらいなのだから、『鬼滅』はよほど他の作品と差別化できているのだろう。―― 一般的にはこう考えてしまうところだが、実は逆だ。『鬼滅』の特徴は常道、中道、普遍性にあるのだと古谷氏は説明する。

「もともと、作品が社会的な大ヒットを獲得するには、普遍性を備えていることが必須です。つまり多くの人に受け入れられるには、普段から漫画やアニメを愛好する層以外の人々をも取り込まなければならない。そのためには、どんな人の心にも響く普遍的な魅力が必要なのです」

その点、「『鬼滅』は、いわゆる“オタク”と呼ばれる層を最初から意識していない」と古谷氏。
多くの漫画やアニメーションは男性向け(萌え)、女性向け(腐女子)とターゲットが明確で、それぞれにいわば“媚びる”キャラクターがいるもの。それが、『鬼滅』にはない。

「戦略的に両極を切り捨てたというより、おそらくそれが作者の吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)さん本来の作風なのでしょう。しかしこれは、なかなかできることではない。相当な冒険です」

男性、あるいは女性向けに明確なキャラクターで展開される作品は、漫画やアニメを愛好する層にとっては常識。なので、この層に向けた作品は大コケをする可能性が低いものの、大ヒットもしない。
そして現代は、ホームランよりも確実なヒットを狙う風潮が圧倒的に強い時代。『鬼滅』のような“中道”は、正攻法に見えて実はかなりリスキーなので、今ははやらないのだ。

「どんどん細分化している漫画アニメ業界で、ここまで潔く普遍性を打ち出している作品は久しぶり」と古谷氏。つまり『鬼滅』は、今の業界における「普遍が少数派」という逆説的な状況の中で賭けに出て勝った、と言えるだろう。

一方、物語自体に目を転じると、『鬼滅』は構造的に特異というわけではない。具体的には、『鬼滅』はいわゆる“ゾンビもの”と呼ばれるカテゴリーにおける常道のストーリーを踏んでいる。
『鬼滅』に登場する鬼たちは、人としての一生を未練と悲しみのうちに終え、成仏できずにいる者たち。ゾンビと同義だ。

「ゾンビものでは、必ず人間とゾンビの中間的存在が登場します」
中間的存在とは、人間性を理解しながら身体はゾンビ、というような存在。

「ジョージ・A・ロメロ監督によるゾンビ映画の古典的名作『デイ オブ ザ デッド』(邦題『死霊のえじき』、1985年公開)におけるバブが典型例です。主要キャラクターの一人であり、物語を深める役割を担います。
『鬼滅』で言うと、禰豆子(ねずこ)がまさにそう。なので、ゾンビ映画に慣れ親しんでいない人や若い世代には新鮮に映るのかもしれませんが、広い目で見ると『鬼滅』の設定はけして新しいものではないのです」

また、「仲間と共に戦い、敵を倒す」というストーリーも、いわゆるジャンプの王道だ。「ストーリーが進むとともに強い奴がインフレしていくのも定番の流れ」と古谷氏。

なお“強い奴のインフレ”とは、最初は弱い主人公が自分と同等の敵と戦う設定からはじまり、戦いを重ねるごとに主人公も敵も戦闘能力を向上させ、最後にラスボスが登場する、という流れのこと。

「『鬼滅』は素直にこの流れを踏襲しています。だからこそ、普遍性を帯びる。誰でも楽しめるのです」

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ラグジュアリーとは何か?

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