スラムの人々の通勤や通学のアクセスをよくした試みは、スラム外の市民や旅行者が日中スラムを訪れる機会も生み出した。エレベーター周辺は清潔になり、家々もペンキを塗るなどきれいに様変わりした。余ったペンキでアート・グラフィティが開花した。カフェや土産物の屋台が登場し、世界で唯一のスラム観光地が生まれたのだ。
ロープウェーは片道10分ほどで約15円。10人乗りの車両には住民らしき人も居合わせた。すぐ眼下には底辺の生活の営みが繰り広げられ、長いドキュメンタリー映画を見たような迫力で圧倒された。山頂近くでウォールアートを眺め、屋台で「死人も生き返る」と言われるほど強いコーヒーを飲んで、帰途はエスカレーターに乗った。音楽が流れ、家々の窓辺には花が飾られ、住民が笑いかけてくる。意外にも、同じ目線で眺める生活は別段すさんでいなかった。
仕事や学校を終えて帰宅する人々とすれ違うが、疲れ切った表情の人は少なく、皆楽しそうにおしゃべりに興じている。コロンビアの貧困率は高いが、生活満足度は日本よりずっと高いというのが、実感された。夕日がアンデスの山並みをバラ色に染めると、サルサが誘う長いラテンの夜が始まる。貧富の分け隔てなく、あでやかなマジックリアリズムの世界が扉を開く。
後編「ボテロとエスコバル」へと続く。