大盛況となった「時の技巧展」
2026年の年明け間もない1月9日から12日までの4日間、日本を代表する独立時計師、浅岡肇氏が率いる東京時計精密主催、セイコーウオッチ共催によるイベント「時の技巧展」が、東京・渋谷のMIYASHITA PARK内のアートギャラリーSAIで行われた。
卓越した技巧の持ち主である6名の時計師と彫金師が、その技巧を披露するとともに、トークセッションも繰り広げ、会場内には6名の手になる貴重な作品も展示された。
ジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)をはじめとするスイスの様々なイベントやエキシビション会場で、東京時計精密チームとセイコーウオッチチームが顔を合わせる機会が重なり、スイスで行われているようなイベントを日本でも実現したいという話題が出たことから、今回のイベントの企画がスタートし、実現に漕ぎ着けたという。
参加した顔触れは以下の6名。
東京時計精密からは、浅岡肇氏とGPHG2024においてチャレンジ部門のグランプリに輝いた大塚ローテックの片山次朗氏。
セイコーウオッチからは、GPHG2022でクロノメトリー賞を受賞した「グランドセイコー Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」の製作の中心的存在となった時計師の川内谷卓磨氏。クレドールの彫金を主導した照井清氏に師事し、現在は彫金工房のリーダーである小川恒氏。
さらに独立時計師アカデミー(以下AHCI)からも2名が参加。調速脱進機構のスペシャリストとしてリスペクトされるベテラン時計師のベルナルド・レデラー氏。そして2023年に第1回ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズにおいて最優秀賞を受賞したラウル・パジェス氏。
まさに現在の時計界を牽引する、そうそうたるメンバーがそろった。
技巧の披露に重きを置いたイベントは、時計業界でもユニークなもので、特に「神の手を持つ」と言われるAHCIメンバー複数名が実演を公開することも、これまでほぼ例がなく、その点でも意義のあるものとなった。
トークセッションは、レデラー氏×パジェス氏×浅岡氏によるAHCIや自身のウォッチメイキングに関して、川内谷氏×片山氏によるGPHG受賞を巡る話題、またパジェス氏の夫人でラ・ショー・ド・フォンにある国際時計博物館副キュレーターのナタリー・マリエロニ氏と浅岡氏による同博物館の紹介が、日替わりで行われた。
トークセッションは各回とも満席。連日会場には来場者が引きもきらず、4日間で約2000名を迎え入れた。
主催者サイドの想定を超える盛況ぶりだったことに加え、若い層も思った以上に多かったことも印象的だった。「時の技巧展」は、時計製作の技術を、特に若い愛好家や時計製作を目指す人に、見て理解を深めて欲しいという意図の下に開催されたが、その目的は達成されたと言っていいだろう。
時計業界では、コロナ禍以前から若い層へのアプローチが課題と言われてきたが、高級時計と呼ばれるカテゴリーでは、将来的に期待できる環境が整いつつあるようにも感じられた。
変容する腕時計エキシビション
このところ高級時計の新作発表会やイベントが、徐々に変容しつつあるのを感じている。世界最大といわれた時計宝飾エキシビション、バーゼルワールドが2019年を以って終焉を迎え、コロナ禍の時期からSNSによる情報発信やEコマースなどが拡大。それに伴いエンドユーザーを巻き込んだ包括的なエキシビションの形が摸索されてきた。
スイスでは、パンデミックのさなかの2020年にブルガリやブライトリングなど6ブランドによってスタートしたジュネーブ・ウォッチ・デイスが、昨年9月に7回目を迎え、66ブランドが参加する規模に。ジュネーブの街を舞台に、センターパビリオンだけでなく各ブランドのブティックでの展示、トークセッション、オークションなど、メディアやリテールに加え、一般愛好家参加型のオープンでフレンドリーな交流の場として、また時計文化啓蒙の場として、定着してきた感がある。
2015年に創設され、現在は隔年開催となり昨年7回目を迎えたドバイウォッチウィークも、一般参加型イベントとして、重要性が増してきた感がある。
中東最大のウォッチリテールグループ、UAEのアフメド・セディキ&サンズが主催するもので、当初は17ブランドでスタートしたが、昨年は90ブランが参加。
中東はもちろん、世界各地からリテール、メディアなどの関係者と、一般愛好家がドバイに集結。入場は無料。このイベントで新作を発表するブランドも増え、各ブースでの展示、パネルディスカッションや、没入型体験などのアミューズメントなども用意された。
また、ブランドのCEOや著名な時計師と会場内で接触できる機会もあり、一般の愛好家にとっては願ってもない出会いも期待できるという。
この場で時計を販売することが目的ではなく、エンドユーザーの啓蒙、時計コミュニティーの育成、時計文化の発展などを目指すもので、その意義を評価され2021年のGPHGで、ドバイウォッチウィークは特別審査員賞を授与されている。
毎年春にジュネーブで開催されている新作エキシビション、ウォッチズ&ワンダーズも、2023年以降、開催期間の最後の数日間は有料で一般の受け入れを行っている。これも、こうした潮流を意識したものだと言えるだろう。
日本でも昨年10月1日から6日まで、東京・青山のAOYAMA GRAND HALLで、オークションのコンサルティングなどを行う5Wなどが中心となって、第1回トーキョー・ウォッチ・ウィークが開催された。シチズン、カシオなどの大手企業から、ナオヤ・ヒダ、マサズ・パスタイムなどの愛好家注目のスモールメゾン、独立時計師の菊野昌宏氏など18メゾンが参加。また時計学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジの生徒の作品展示や、オークションハウス フィリップスの香港オークション向けたプレビューなども行われた。ここでも一般愛好家や時計コミュニティーが強く意識されていた。
第2回に向けて準備を進めているという。
エンドユーザーを巻き込んだエキシビション、イベントの開催はまさに時代の要請という状況となりつつあるが、これによって、今後、時計流通に大きな変化が訪れるという観測も出始めている。
すでにマイクロメゾンがSNSによって、エンドユーザーと直接つながり、そこで販売活動が行われることが一般化してきている。大手メゾンも、こうした動きを意識しないではいられないだろう。
これがさらに顕著になっていった場合、小売店の販売活動のあり方、役割や意義に何らかの変化が起こることは不可避だろう。その中で、認定中古の取り扱いを、どう進めていくのかも今後の課題となってくるに違いない。
世界の時計市場の動向を見据え、今後、日本でもエンドユーザーを巻き込んだイベントや情報発信が、どんな形で進んでいくのか、注視しておきたい。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。

