「それは確かにそうではある。それではそういう貴方は一体、何だと思っているのか、今回の出来事について」
そう、きっと読者の皆様は今思われていることであろう。——端的に言うならば、「こうなること」を私はかねてより(5年以上前からであろうか)繰り返し申し上げてきた経緯がある。いわく、こうである。
●トランプ米大統領が行っているのは「全ての既存の秩序の破壊」である。いわば‟解き(ほどき)”なのであって、それ以上でもそれ以下でもないことに留意すべきである。
●その際、‟解かれる対象”の一つが「国家主権(state sovereignty)」である。17世紀前半に欧州で発生した「30年戦争」の帰結として成立したウェストファリア体制の中で隔離し始めた「国家主権」という考え方、とりわけ「国民国家」によるそれ、がここから否定されることとなる。
実のところ、トランプ米大統領に‟解くのは良いが、それではその次に何を創造するのか“というプランがあるのかというと、全くそういったものがないように見受けられるのだ。確かに様々な「プラン」を同大統領のチームは次々に打ち上げている。しかし、どれもこれもそれらは窮極のところ「ビジネス」「経済利権」の拡大と言っているに過ぎないのであって、ここで壊す秩序の「その次」をどのようにすべきなのか、という俯瞰図はそこでは全く示されていないのだ。つまり、ドナルド・トランプという男は「破壊王」ではあっても、「創造主」ではないのである。そのことを踏まえないと、全くもって何が今起きているのかが分からなくなってしまう。
「白昼堂々、国家元首が他国の軍隊によって自らの首都で逮捕・拘束され、連行される」という前代未聞の出来事によってものの見事に否定された「国家主権」であるわけだが、それでは「その次」は一体何なのかというと皆目見当がつかないというのが読者の皆さんの率直な印象だろう。しかし、この点について筆者は「だからこそ、『国家主権前』に人類がどのような暮らしをしていたのかに立ち返るべきだ」と考えている。当時の「国家主権」は「王権」と緊密に結びついていた。そして「王権」の根拠はどこにあったのかというと、「神からの呼び声(王権神授説)」にあったのである。「国家主権」は今でこそ民主主義に基づいているとされるが、その根源はというと「神の存在」へと連なるコンセプトなのである。
「ヒトがもはや主権を持たない時代」が「その次」の本質に他ならない。それではそこで「主権」すなわち全知全能の存在として(再)登場するのは何者なのか? このことについて想いを巡らせるべき時がいよいよ到来している。
原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
原田武夫 「国家主権の時代」の次に来るものとは?
時代を読む 第142回
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