ガストロノミツーリズム、という言葉が定着してきた令和7年の冬。日本の観光業に、思いも掛けない大きな変化が起こった。ガストロノミツーリズムを牽引してきたインバウンド客が、政治的要因によって激減したのだ。最も大きなマーケットだった、中国や香港の客が、日本を敬遠するようになってしまった。もちろんすべてが途絶えたわけではなく、一部の富裕層は、これまで通り日本の美食を愉しもうと来日するが、大手を振って、とはいかず、こっそりと足を運ぶようになった。
となれば当然ながら、SNSなどを通じて自慢するわけにもいかず、これまでのように情報が拡散する機会が減ってしまったのである。映える情報の拡散に集客を頼っていた飲食店は、新たな販路を模索せざるを得なくなってしまった。隆盛を極めていた、インバウンド景気に依存していた店は、思わぬ苦境に陥ることになったのだ。
8割を超える客が外国人で、そのうち半分以上が中国や香港の富裕層だったという、九州のとある鮨屋は従業員を解雇しはじめ、価格の変更に踏み切ったそうだ。どんなムーブメントも未来永劫続くわけではないのだが、そこに思いを致さなかったツケが回ってきたといえるだろう。
いつのころからか、海外の美食家が好んで訪れる店=地方の名店という図式が描かれるようになり、世界の富裕層がガストロノミツーリズムの指標になってしまった。日本固有の侘び寂びとは無縁の、派手なパフォーマンスや、希少な食材を売りものにする店を好むのが、海外の富裕層の特徴であることは論をまたない。
オーソドックスより、イノベーティブ、は今や地方の食の流れだ。先人が築いてきたクラシックな料理では注目されないから、いきおい独創的な料理に走る。ときにそれは、ひとりよがりでしかないのだが、フーディーと呼ばれるひとたちは、その流れを後押しする。かくして地方の食は丸みを失い、とがった店ばかりがもてはやされるようになってしまった。いかにしておいしくするか、より、いかにして目を引くか、にスポットを当てるようになった。

