古澤一記、古澤千恵著/誠文堂新光社/2025年11月刊/1,980円
本の中身の前に、著者について記しておきたい。その方がより本書の性格を感じ取ってもらえると思うからだ。
古澤一記さんはイタリアで10年間修業した料理人である。トスカーナ、サルデーニャ、エミリア=ロマーニャ、プーリアのレストランやトラットリアで働きながら、ワインの勉強に勤しみ、フィレンツェの名店「エノテカ・ピンキオーリ」ではソムリエを務めた。ワイナリーで栽培と醸造も経験した。共にイタリアに住んだ妻の千恵さんは古い器や家具の探求に傾注し、生来の卓抜なセンスとも相まって、独自の世界観を持つアンティーク商になった。二人は2010年に帰国し、鎌倉でレストラン「オルトレヴィーノ」を開業。千恵さんは並行して「オヴンクエ」の屋号でアンティーク業を営む。
私はたまたま彼らの在伊時代に取材の機会を得たが、核心に触れたのは鎌倉の店のオープン時だったように思う。
新しい空間にイタリアの古い家具が古いまま置かれていた。ありがちなリペアを施さず、塗装は剥げ、退色して、ささくれだち、家具が元々備えていた姿で存在していた。表層を繕わない。本来の姿を覆い隠さない。時間の堆積を価値とする。料理もそうだ。一見、何の変哲もなく皿の上にたたずみながら、口へ運ぶと、明らかに日本人のDNAにはない味が広がり、「あぁ、これが現地の味なのか」と説き伏せられた。イタリア人の肌身に染み込んだ、イタリア人にとってのイタリアを伝えようとする強い意志があった。
彼らは帰国後も、修業時代に住んだフィレンツェ郊外の家――オリーブ畑の真ん中にある築200年の一軒家の1階――を借り続けている。千恵さんは年に数度、一記さんも年に一度はイタリアへ。「向こうで10年暮らしたことが過去にならないように」と一記さんは言う。

