コーヒーを窓口に世界の今を知る

本の食べ時 第7回 君島佐和子

本の食べ時 第7回 君島佐和子

今回ご紹介する『STANDART』は、コーヒーのコンテンポラリーな世界観を映し出すメディアだ。まず驚くのが、イギリス、ポルトガル、スロバキア、ジョージア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、中国、そして日本在住のメンバーから成るグローバルな編集体制である。英語版と日本語版を年4回制作し、世界103カ国1000以上の都市に届けている。「コーヒーを無数の道が交わる交差点として捉える」と創刊編集長が言うように、環境、ジェンダー、テクノロジー、農業、働き方などコーヒー界の最新動向を伝える記事の数々は、コーヒーを窓としつつ、コーヒーという領域を超えて、世界の今を照らし出す。例えば、最新の第31号では、スペシャルティカフェ業界におけるAI技術と自動化ツールの現状について。また、ブラジル発の先住民バリスタへのインタビュー。南インドでスペシャルティコーヒー栽培に取り組むコーヒー農園の共同運営者インタビュー。ちなみにいずれも女性だ。確立されたブランド産地よりも後発の生産国を、成功者よりも現状の打開と革新を試みる人物を、すなわちマジョリティーではなくマイノリティー、フロンティアのフロントランナーに光を当てる姿勢は一貫している。その一方で、第30号のコーヒーにおけるミルクの探求―代替ミルクの普及にスペシャルティコーヒーの貢献は大きい――や、京都の「Woven」を舞台とするカフェ空間の質感に関する考察など、身近な題材をニッチな視点で掘り下げるアプローチも見逃せない。

昨秋、さる大手出版社のカルチャー誌に対して、カフェ従事者から「コーヒー特集のジェンダーバランスについての要望書」が提出される事態が発生した。特集に登場する人物が男性に偏っているため、今後の改善を望むとの意思表示で、著名なメディアがもはや現場に後れを取った感が否めなかった。国際社会の変化のスピードに日本が付いていけていないとはよく言われる嘆きだ。世界の国々は今、どんな社会状況にあって、何を考え、どこへ向かおうとしているのか、『STANDART』はコーヒーで教えてくれる。

君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

※『Nile’s NILE』2025年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。