「ムーブメントメーカー、ル・セルクル・デ・オルロジェに、私たちがアプローチしたのは、彼らがこの分野においてベストであると判断したからです」
時計業界のリビングレジェンド、ジャン-クロード・ビバーが自身のキャリアの集大成として、息子のピエールとともに2023年に立ち上げたブランド、ビバー。そのファーストモデル「キャリオン・トゥールビヨン」の発表リリース内のインタビューで、彼は冒頭の発言をしている。
三つのハンマーとゴングにより3音階のチャイム音で時を知らせるキャリオン・ミニッツリピーターとトゥールビヨンを備えた超複雑機構のみならず、すべてのコンポーネンツに手の込んだ装飾仕上げが施された芸術的な完成度。このムーブメントを手掛けたサプライヤー、ル・セルクル・デ・オルロジェの名を、それまで以上に知らしめるきっかけとなった。
ル・セルクル・デ・オルロジェ社は、斬新な超絶機構で名をはせたムーブメントサプライヤー、クリストフ・クラーレ社などに在籍したアラン・シーサーとニコラス・ヘレンの二人によって12年に設立された。リピーター、ダブル・トゥールビヨン、2軸または3軸トゥールビヨンなどの超複雑機構を得意とし、少量生産のカスタムキャリバーで評価を高めていく。過去の例をひもとくと、17年に発表されたラルフ ローレンのダブル・トゥールビヨンのキャリバーも同社製だった。
14年には、現在スピークマリンのCEOで、女性起業家にして投資家、美術愛好家でもあるクリステル・ロスノブレが、同社に資本参加を始める。彼女は、英国出身の辣腕(らつわん)独立時計師ピーター・スピーク・マリンが設立した時計ブランド、スピークマリンを12年に買収しCEOに就任。生産体制強化の一環としてル・セルクル・デ・オルロジェに触手を伸ばし、20年には決定権を持ったシェアホルダーとなる。
ちなみに時計師のピーター・スピーク・マリンは、自身の名を冠したこのブランドを、17年まで在籍した後に離れ、さらに22年にはブランド創立時からのビジネスパートナーのダニエラ・マリンとも関係を解消。現在はピーター・スピークの名で、時計師、コンサルティング、ジャーナリストなどとして活躍している。
閑話休題。ル・セルクル・デ・オルロジェは、同じグループ内のスピークマリンはもとより、前述のビバーやアーミン・シュトロームなどのマイクロメゾンを始め、さまざまな有力ブランドのキャリバーを手掛けている。23年アップデートされ、先日のGPHG 2024の「アイコニック」部門のノミネートに残ったルイ・ヴィトンの新生「タンブール オトマティック」が搭載するマイクロローター式キャリバーLFT023が、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンとル・セルクル・デ・オルロジェとの共同開発だったことも、同社の名前を改めてクローズアップさせることとなった。
今や、ハイエンドウォッチに欠かせないサプライヤーとしてのポジションを不動のものにし、順風満帆かと思われた同社だが、11月27日付でローラン・パンなる人物が新CEOに就任したことが発表された。オーナーは代わらずクリステル・ロスノブレのままだが、共同創業者の二人はすでにファクトリーを去っているという。人材の往来が激しいのはスイス時計業界の常ではあるが、今後のル・セルクル・デ・オルロジェが、どんな方向に進むのか、注視しておく必要がありそうだ。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。
※『Nile’s NILE』2025年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています