冗談はさておき、これら食レポの最大の問題は、賞賛一辺倒だということである。
「こんなおいしい○○はこれまで食べたことがありません」
しばしば耳にする言葉だ。
「こだわりがたくさん詰まっていますね」
こだわりという言葉も食レポには欠かせないようである。
この程度はかわいいもので、もっと深みにはまると、
「この肉、脂の乗りが半端じゃないですね」
などと言い出す。
本来は鳥類や魚が季節によって、脂肪分が増えることで、うまみが増すという意なのだが、霜降り肉に対して、脂が乗っているという言葉を使う誤用も少なくない。
プロらしく見せようとして、馬脚をあらわしてしまったわけだ。
やたらとプロの料理用語を使いたがるが、料理経験に乏しい素人にはきちんと理解できるわけがない。その典型とも言えるのが 「 火入れ」。
「完璧な火入れですね」
フレンチのコンフィなどを食べて、そんな感想をもらす。
「ありがとうございます」
シェフはいちおうそう言葉を返すが、内心ではせせら笑っているに違いない。
知ったかぶりも、そこそこにしたほうがいい。そう思うのも当然のことである。
試行錯誤を重ねた結果、ここまで行き着いたが、完璧とまでは言えないことを一番よく知っているのは自分だ。そう言いたい気持ちを、シェフはぐっと我慢している。
「いい具合に手当てされた肉ですね」
「手当て」というのも最近の食通たちがよく使いたがる言葉だ。
精肉商が、食肉処理された肉の水分を調整し、用途に応じてつるしながら適度に熟成させて出荷する過程を、手当てと呼んでいる。
この手法に長けた精肉商をカリスマと賞賛するのは、プロの料理人たちであって、いわばプロ同士の用語なのである。
古く、「ムラサキ」だとか「アガリ」、「ギョク」などのすし屋用語を使って、ひんしゅくをかっていた食通気どりの客と、似たような話だ。
時代は変わっても、食通ぶりたい客はいるものだが、素人がプロ用語や特殊な言葉遣いを使うのは、けっして品がいいものではない、と肝に銘じておきたい。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2024年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています