近頃は食材に関わるニュースが目に付く。最大の話題は食材の高騰だ。調味料などの原材料や、鶏卵を筆頭に食材が高騰し続けている。連日のようにそんなニュースが流れ、決まってその後に飲食店の悲鳴に近いような声が流される。
いわく、このままでは営業を続けることができない。やむを得ず値上げする。
それはなにも飲食業に限ったことではなく、一般家庭でも家計を圧迫している。
スーパーマーケットで買い物をして、レジを通ったあとにレシートを見ると、たしかにこれまでと比べて2割ほど高くついているような気がする。
その原因はひとつではなく、複合的な要因によるものらしい。ロシアのウクライナ侵略によるもの。円安によるものなど。それらが複雑に絡み合った結果、今の物価高につながっているようだ。
外食産業においては、これに加えて人件費の高騰があり、結果価格改定やむなし、という声が広がっている
食材に限らず、モノの値段というのは需要と供給のバランスによって決まるのが通例だ。今の時代は需要が供給を上回っているので、当然ながら価格が上がる。
チェーン店のラーメンも2割ほど上がっていたが、近所の食堂はすべてのメニューの価格を、以前のままに据え置いていた。
「卵の値段もそのうち戻りますやろし、調味料は前に買うといたんがまだ残ってる。うちは家族だけで人を雇うてへんから、人件費は関係ないし。いけるとこまでいこう思うて」
食堂の主人はそう言って苦笑いしていた。
原材料費が上がったから値段を上げるなら、下がったら下げないと理屈が合わない。だが飲食店が値下げする話などめったに聞かない。そうも言っていた。
値上げする店も据え置く店もあって、それぞれの考え方なのだから、消費者側がとやかく言う話ではない。
食べたい料理があって、納得のいく価格であれば、値上げしようが据え置き価格であろうが食べに行く。たとえラーメン1杯2000円であっても、それだけの価値があると思えば食べに行くだろうし、500円でも価値なしと思えば行かない。要は価格に見合う内容かどうかである。
その価値を見抜くコツがひとつあって、多くの従業員を雇っている店では、スタッフが生き生きと働いているかどうかだ。
まっとうな賃金を支払って、まともな待遇をしていれば、スタッフもやりがいがあるから、接客もよくなる。つまりは料理の価格に、しかるべき人件費が反映しているかで、その店の姿勢が分かるのだ。
原材料費の高騰という問題が、いみじくも店の姿勢をあぶりだす結果を生みだした。
もうひとつの、食材を巡るニュースといえば、福島原発の処理水放出による、海産物の輸出問題だ。
ほぼ中国一国に限ったことだが、処理水を汚染水だと言い張り、自国への輸入を厳禁したという話である。
ここで論ずるまでもなく、その安全性については世界の関係機関がお墨付きを与えているのだから、それを信頼して食べることにいささかの躊躇もない。進んで食べようと思っているが、少しばかり驚いたのは、これまで日本産の海産物が、中国への輸出に多くを頼っていたという事実だ。北海道産のホタテ貝に至っては、8割近くを中国に輸出していたのだという。
となれば、8割ほどが宙に浮いてしまい、値崩れするのではないか。それを防ぐ意味でも、適正価格で買い求める意味でも、日本人にとっては好機ではないのか。
通販サイトを見てみると、激安というほどではないが、以前よりは随分買い求めやすい価格になっていたので、早速注文した。届くのが楽しみである。
と、不思議に思うのは、美食家の方々が、今回の処理水に伴う中国の処置に対して、なんの反応も示さないことである。
地方の食が日本を救う、日本の未来を明るくする、と主張しておられるフーディーの方たちにとっては、大きな問題だと思うのだが。
「処理水放出によって、香港や中国の富裕層が日本へ足を向けなくなるのではと危惧している」
あるグルメブロガーさんがこのような投稿をしていた。気に掛かるのは、生産者の苦悩ではなくそっち?
日本の美食家と呼ばれる人たちの志向、目指している姿がおぼろげに見えてきた。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2023年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています