「こと細かくお教えしましたよ。僕は基本的にテクニカルなことに関してはオープンです。技術での差別化はたかが知れている。問題は、その技術でいかにセンスよく仕上げるか」
時計職人的観点と同時に、デザイナーとしての視点からの独創的な作風でありながら、奇をてらわず、ある意味、王道的。ベテラン時計師や老舗ブランドがひしめく中、10年余りでここまでの存在感を示すに至った理由は、そんなところにあると思う。
また16年に東京時計精密を設立し、そこから「浅岡肇のプライベートウォッチ」をコンセプトに立ち上げたブランドCHRONO TOKYO、および海外向けにカタカナの「クロノ」をロゴに掲げた「KURONO TOKYO」も好調だ。ジャパンメイドにこだわり、浅岡氏は時計デザイナーとして製作全体を統括。権威あるジュネーブ ウォッチグランプリにおいて2020年は2部門で、22年にも1部門で最終ノミネートに残ったことも海外での人気を後押しした。最近ではオンライン予約がスタートするや、たちまち完売となるほどの人気。海外ではファンクラブもできるほどで、今回のAHCI発表会場にもクロノトウキョウのモデルを着用して訪れる愛好家が多数いたそうだ。今年1月には東京・北青山に「KURONO TOKYO AOYAMA SALON」もオープンさせ、日本はもとより海外からのファンを喜ばせている。
「クロノトウキョウのおかげで、事業に投資家の参加を仰ぐことなく、自身のクリエーションを展開できている」という。独立したスタンスを守りながら、着実に人気と実力を積み上げているケースは、スイスでもあまり例がない。
ジュネーブの時計フェア開幕直前、WBCでの大谷翔平選手の大活躍が話題となったが、ふと「浅岡氏は時計界の大谷翔平と言うべき存在ではないか?」という思いが筆者の頭をかすめた。本人がどう思っているか、今度お目にかかったら聞いてみようか。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。