「円買い誘導」という罠

時代を読む 第114回 原田武夫

時代を読む 第114回 原田武夫

時代を読む 第114回 原田武夫

昨年(2022年)12月20日、我が国 において日本銀行が従来続けてきた「異次元緩和」政策を方針転換する決定を下した。それより少し前から円高・ドル安に振れ始めていた為替マーケットは敏感に反応し、1ドル=130円台にまでタッチしたことは記憶に新しい。

こうした為替マーケットにおける展開を受けて、大手メディアたちはしきりに「金利が上昇する」と騒ぎ立てている。中央銀行が果たすべき役割の中でも最も重要なものが「物価に対するコントロール」だ。とりわけモノの値段が高くなり続けるインフレーションはある程度まではむしろ許容すべきとされるものの、度を越すと止まらなくなってしまうので、ある段階で抑制する必要がある。そのための手段が「金利引き上げ」なのである。
日本銀行はいよいよ我が国でもインフレ展開が熱を帯びてきたので金利を引き上げることにした、とまずは考えるべきである。

もっともこれだけでは済まないのが、変動相場制を採用している現在のグローバル金融マーケットについて難しいところである。金利を引き上げると、「高金利国の通貨は買われる」という原理原則にのっとり、グローバルマネーが一斉にその国の通貨を買いに走る結果、その価値が他の通貨との比較で上昇していく。今回も、円高・ドル安となったのはそのせいである。それではなぜ「高金利国の通貨は買われる」のかといえば、次のようなカラクリがあるからである。まず想定的に金利の低い国でカネを借りる。低金利なので負担は小さい。そして今度はこれを高金利国に持っていき、その国の通貨へ転換したうえで人々に対して貸し付けるのである。「高金利」国なので、その分もうかることになる。すなわち「高金利」でもうけた分から、「低金利」で債務返還をしてもお釣りが来るというわけなのだ。これをキャリートレードという。

さて、このような説明を聞いて賢明なる読者の皆様はお気づきになったと思うのだが、こうした一連のカラクリが発動され、円滑に動くためには一つの決定的な出来事が生じる必要があるのである。それは「高金利国」と目された国の中央銀行が、自国のマーケットにグローバルマネーが殺到する中、日本円への転換を許可することに他ならない。無論、資本移動は「自由化」されているというのが我が国についてもしばしば語られるタテマエである。
しかし日本銀行の公式ホームページを子細に見ると分かるとおり、外為法(外国為替及び外国貿易法)にのっとり「事前報告」が海外から我が国への直接投資のある種のカテゴリーについては求められている。「報告」なので許可ではないはずなのだが、そこは我が国の官公庁と事実上一体化している日本銀行である。「報告書」について「受理」をするまでに、やれあの書類がない、この書類に不備があると事実上の「行政指導」にも近い措置を講じることで時間を最大限で数カ月ほどかけることが可能となっているのが実態なのである。すなわち為替マーケットにおける日本円のレートは「神の手」によるものではないのだ。それは「人の手」によるものなのであって、当然のことながらその背後において実質的な「意図」があるとみるべきなのである。

少しだけ「異次元緩和」を緩めれば一気に円高になることから分かるとおり、海外の投資家たちは今、我が国のマーケットにカネを入れたくて仕方がない状態にある。ところがそれを日本銀行はあえて入れないようにしてきた。そしてやおら、それを許す措置に出たわけであり、さらにそうした手を緩めるとすれば一体どのような意図に基づくのであろうか。

「日本円を保有する」ということは、自らの資産の全部あるいは一部について「我が国の国債の運命と一心同体になること」を意味している。細かなことを省きながらあえて説明するならば、要するに日本円の価値を支えているのが日本国債であり、逆もまた真なのである。したがってそうした日本円にグローバル投資家たちを待たせに待たせ、殺到させるということは、要するに彼らをして「我が国の国家財政と一心同体」にさせることを意味しているというわけなのである。

これが黒田マジック=「円買い誘導の罠(わな)」である。目先の為替レートにとらわれるのではなく、ぜひ、俯瞰(ふかん)した目でその効果を見通していきたい。その先には劇的な変化が私たちを待っている。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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