去る11月10日、世界の時計関係者が熱い視線を注ぐジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(以下 GPHG)2022の発表が行われた。その中で大賞の「エギーユ・ドール(金の針賞)」に輝いたMB&Fの「レガシー・マシン シーケンシャル エヴォ」以上に注目を集めたのが、「グランドセイコー Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」だったかもしれない。
トゥールビヨン部門の最終ノミネートに残りながら、このカテゴリーはH.モーザー&Cieが制し、関係者から落胆のため息が漏れたが、W杯で日本がドイツやスペインを撃破したようなサプライズが待っていた。
クロノメトリー部門の大賞に「Kodo」の名が呼ばれたのである。この部門賞は、卓越した精度を備えた時計に与えられるもので、これまでにも特別な脱進機構を備えたハイエンドモデルが受賞している。この時計の製作に携わったセイコーウオッチの技術者、川内谷卓磨氏は、受賞の喜びを栄誉の壇上でこう語った。「GPHGは、時計学校に入学した当初から毎年チェックしていた夢の舞台。いつか自分が携わった腕時計で、この舞台に立ちたいと思い続けていました。本当に感慨無量です」
筆者はGPHGに先だち川内谷氏に取材していた。受賞の予感のみならず、彼のユニークなキャリアにも関心を寄せていたからだ。
「大学在学中は右手にギター、左手にスケボーみたいな生活でした」と笑う川内谷氏は、現在44歳。大学時代からバンドに打ち込み、卒業後も就職せず、キーボード奏者の深町純氏のバンドや、ジャズイントゥルメンタルバンドなどに所属し、音楽活動に専念。
しかし30歳の頃、さる著名アーティストのオーディションに参加した際、限界を悟り、別の道を模索し始める。あるとき、母からの「手先が器用なんだから時計職人になったら」という何気ない一言がきっかけで時計の世界を調べ始めると、フィリップ・デュフォー氏の動画に魅せられ、腕時計に開眼。時計専門学校を経て、2010年入社、研究開発センターに配属される。