新しい飲食店様式

食語の心 第88回 柏井 壽

食語の心 第88回 柏井 壽

食語の心 第88回

いつになったら終束するのか。そんな言葉すら、もう耳にしなくなった。

コロナ禍が始まったばかりのころは、終束するまでの我慢、だと思っていたのは、どうやら見通しが甘かったようだ。
三密を避けるだとか、マスクを着けるといった習慣からは、終束を機に解放されるだろうと誰もが思っていたのだが。

急場しのぎでも、一時的な避難的処置でもなく、新しい、という言葉を使って、生活様式を変えることを余儀なくされてしまった。
不要不急な外出を避け、仕事場に赴くことなく、自宅で仕事をする。学業も然り。直接向かい合って授業や講義を受ける機会が減り、ウェブを通して学ぶことが多くなった。

生活が新しくなれば、当然のことながら、飲食店のあり様も新しくしなければならない。
新しい飲食店様式とでも呼ぶべきスタイルが始まった。もちろん、まだそれは確立されたものではなく、試行錯誤が始まったばかりではあるのだが。

前回書いたように、多くの飲食店がテイクアウトや取り寄せを始めるようになったが、それは店の中だけの変化であって、あくまで急場しのぎ的な手法にしか過ぎない。
短期決戦ならそれでしのげたかもしれないが、これだけの長期戦になってくると、飲食店はおのずと淘汰される。

好むと好まざるにかかわらず、飲食店のスクラップ・アンド・ビルドはすでに始まっている。
長い歴史を誇り、その名が広く世に知られていても、決して例外にはならない。いや、むしろ、そういう名店の方が、意外に早く白旗をあげたようにも見える。

スクラップの状況を如実に表しているのが、グルメ予約サイトの掲載店数である。令和2年の年初と9月現在の掲載店数は、日本全国津々浦々、どの地域でも減少傾向は明らかである。
休店中で掲載保留という店もあるが、閉店となった店も少なくない。そしてその傾向は都市部ほど著しいのが大きな特徴だ。

シャッター街という言葉が表すように、もともとが地方では、飲食店に限らず、お店そのものが減少傾向にあったわけで、その緩やかな下降線は、コロナ禍であっても、大きな変化はないようだ。

これに比べて、都会の真ん中では増え続けていた店舗が、急カーブを描いて下降しているのである。
一部報道によると、年初には吉祥寺界隈に、1300店が掲載されていた予約サイトの飲食店舗が、9月には900店にまで減少したという。400店、つまりは3割もの店がなくなったことになる。驚くべき数字ではないだろうか。

目立つのは、居酒屋を始めとする、お酒を主体とし、夜営業に重きを置いていた店の衰退だ。そして席数の多い店ほど苦しい戦いを強いられているのも、コロナ禍の大きな特徴だ。

しかしながら、こうした数字を見るまでもなく、それらは日々実感していることでもある。

京都の繁華街を歩いていても、閉店の貼り紙をあちこちで見かけるし、何より人通りの少なさが、飲食店の苦戦を表している。
京都独特の傾向かもしれないが、観光地周辺の飲食店は、いち早く店じまいしてしまったところが少なくない。いつも客であふれていた店が、かたく扉を閉ざしてしまったのを見ると、うすら寒くなってしまう。

では、スクラップに対して、ビルドの方は、はどんな状況かと言えば、これもはっきりとした傾向が見てとれる。
簡単に言えば、ミニマム・アンド・スリム化、キーワードは固定費の削減だ。

テイクアウトや宅配で急場をしのいできた飲食店だが、いつまでもそれを続けるのは難しい。となれば、店の規模を小さくし、家賃や人件費を削減しなければならない。
そう気付いた店は、思いきって店を閉め、新天地で小規模な店を開く。出口が見えなくなった夏ごろから、こうした店が増えてきた。

かつては80席ほどもあった、京都の大きな洋食レストランが店を閉め、腕を振るっていたシェフが、場所を移して20席ほどの小さな店を開いたのは、9月終わりごろのことだ。
店の名は「デイズ」。場所は四条河原町。次回はこの店を一例にして、新しい飲食店形式を探ってみよう。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2020年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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