あおる人

食語の心 第78回 柏井 壽

食語の心 第78回 柏井 壽

食語の心 第78回

あおる。最近では車の運転態度で使われることが多い言葉だ。

何かしらの原因があって、ターゲットとした車に急接近したり、進路を阻んだりすることを言い、危険極まりない行為を〈あおり運転〉と呼ぶようになり、近年の増加は著しく、かつ狂暴化している。

あおる。いくつかの意を持つ言葉だが、大辞林によると、
-他人を刺激して、ある行動に駆り立てたりする。たきつける。扇動する。-
という解釈があるが、これは危険運転のみならず、今のグルメブームをも見事に言い表しているのだ。

車の運転のような危険もなく、犯罪とは縁遠いので、気付く人は少ないが、グルメ業界でもあおる人たちは近年増加している。

巷にあふれるテレビのグルメ番組がその典型だ。午後のワイドショーから、深夜の時間帯に至るまで、各局が競い合うようにして、グルメシーンを映し出す。
お笑いタレントから、局のアナウンサー、プロのグルメ評論家たちまでが、飲食店を訪ねて行き、横一列に並んで、店自慢の料理を食べる。
そして、俗に〈食レポ〉と呼ばれるコメント合戦が始まる。

大げさなリアクションと、過剰なまでの褒め言葉を、それぞれが競い合う。誰一人としてネガティブなコメントをしないというのもお約束。

「メチャクチャうまい! これまでに食べた〇〇はいったい何だったんだ」
しばしば使われるフレーズだ。

「間違いなく、生涯のベストスリーに入りますね」
とにかく褒めちぎるのだ。

これがグルメ業界のあおり。そのあおり方が強ければ強いほど、視聴者ウケが良く、結果ますますヒートアップしていくという図式だ。それにあおられた人たちが、飲食店に駆け付けることで、今のグルメブームは作られていると言っても過言ではない。
以前に指摘した〈インスタ映え〉がこれに拍車を掛け、あおられた人たちの手によって拡散していく。

あおり運転は感情的な原因で引き起こされ、何の利益も生まないが、あおりグルメは打算の産物で、あおる側に利益をもたらす。
先に書いたように、テレビのグルメ番組で、過激なまでにあおる食レポをすれば、同様の仕事が急増するようだ。その番組を見た視聴者が店に行って、どんな感想を持とうが、そこまでは関知しない。とにかくあおることが最大の役目なのだ。

一方で、プロの料理評論家たちにとっても、あおることで仕事が増えるという意味では、タレントたちと同じである。

新しい店ができると、いち早くはせ参じ、ブログやメディアを使って、絶賛コメントを発信する。
その店がいかに凄いか、素晴らしい料理かを、美辞麗句満載で書き連ね、決まって最後に付け足す。
「予約困難になるのは必至」と。
こうしてあおっておいて、その店での食事会を開いて、飲食店側か参加者側かのどちらか、もしくは両方から仲介手数料を徴収する。となれば、あおればあおるほど、収入は増える、という仕組みまで出来てしまった。

とある京都の割烹店の主人は、自戒を込めて、こう嘆く。

-ええことやないのは、よう分かってるんですけど、背に腹は代えられまへん。満席になるお客さんを引っ張ってきてくれはるし。自分で予約してくれはったら、余計なお金は払わんでええのにと思うんやけど-

あおられる側にも問題がある。自ら予約する手間を惜しみ、安易な食事会を選ぶ。予約代行手数料くらいに軽く見ているのだろうが、ある意味でダフ屋的な行為に加担しているのではないかと憂う。

少しでも集客したいと願う店側と、予約を面倒がる、あるいは予約困難と諦めている客側の、両方の弱みに付け込むような食事会は、過剰なまでの店絶賛に代表される、あおりグルメの結果なのである。

繰り返しになるが、あおり運転と違って、あおりグルメには、加害者も被害者もいない。双方ともにそれをよしとしているのだから、とやかく言わずともいいのだろう。だが、その結果として、食を取り巻く環境が日々歪になるのは、看過できない。

店は自らの努力で集客に努め、客は手間を惜しまずに、自ら予約を試みる。そんな正常な姿に早く戻さないと、店と客の関係はますます歪んでしまう。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2019年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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