店は見た目が3割

食語の心 第67回 柏井 壽

食語の心 第67回 柏井 壽

食後の心 第67回

前回、前々回と、灯台下暗し、近くのいい店を見逃しがちだという話を書いた。
最新の情報が飛び交う時代、ついつい目新しさに目が向きがちだが、存外身近なところに美味しい店が潜んでいるものだという話。

それは灯台下暗し、というだけでなく、店の外観に惑わされてしまうことにも一因があるという話をしよう。

「T」はどこにでもあるような、ありきたりの食堂ふうの外観。「和食庵さら」のほうも、今流行りの町家ふうではなく、近代的なビル造りで、情緒満点という感じではない。
長く素通りしてきたのは、この外観のせいでもあるのだ。

新しくできた店は、いかにして客の目を引くかに腐心する。可能な限りフォトジェニックな外観にするのは、メディア向けのアピールでもある。今どきの店は、料理と同じくらいに、外観にも力を注いでいる。

それに比べて、今ほどメディアやネットの世界から注目を浴びていなかったころの店は、ありきたりの外観で済ませていることが少なくない。
料理の中身さえちゃんとしていれば、どうでもいい、とまでは言わないものの、外観は二の次、三の次だった。つまりは目を引かない、目立たないという結果を生むことになる。

今どきの店が厚化粧だとすると、古くからの店は素顔。あるいはお化粧下手。人は見た目が9割らしいが、店は見た目が3割程度だと思ったほうがいい。
今の時代は、店造りが分業化されていることもその一因。
かつては大資本の店だけだったのが、最近では小さな店でも、店舗デザイナーに店造りをまかせることが多い。

店舗デザイナーにとって最大の課題は、如何にして繁盛店にするか、だから、どうしても今繁盛している店のスタイルをなぞることになる。ときには店主のほうから、〇〇と同じような店にして欲しい、というリクエストも入るようだから、似たような店だらけになるのも、致し方ないのかもしれない。
外観だけではなく、店のロゴまで同じデザイナーの手に掛かってしまうと、瓜二つの店が出来あがってしまう。

たとえば京都の割烹で言うと、銀閣寺近くにある人気店とよく似た造りの店は何軒もある。
カウンターの中にはお竈(くど)さんがあって、土鍋が掛かっている。後ろの食器棚は、茶席の水屋のような端整な造り。料理人が炭火で魚や肉を焙り、土鍋で炊いたご飯を、客に向けてプレゼンする。

金太郎飴と同じ、と言っては失礼かもしれないが、店の造りのみならず、料理の手法までそっくりな店が、京都だけでなく、日本全国にある。決してそれを否とするわけではないが、外観や造り、料理にももっと個性を発揮して欲しいものだと、いつも思っている。

京都の街を歩いていると、近所に限らず、あれ? こんなところに、こんな店があったっけ? と思うことがよくある。それらはたいてい、地味な店構えで、目立とうなどという意識はまったくないように思える。むしろ見つけられないように、わざと地味にしているのではないか、とさえ思ってしまう店。

最近では二条城にほど近い三条通を歩いていて、ふと目に入った店。
「S」という屋号の蕎麦屋で、如何にも古くからあるような目立たない店構え。間口も狭く、店の前には出前用だろう自転車が停めてあって、白い暖簾が掛かっている。

店に入ってみると、テーブルがふたつだけ。ひとりも客はいない。ひっそりとした店だが、出汁の芳しい香りが漂っている。
プラケースに入ったメニューを見ると、驚くほど安い。鍋焼きうどんが580円とは、何かの間違いではないかと思った。

厨房はまったく見えない。注文して数分経って運ばれてきたのは、昔ながらの素朴な鍋焼きうどん。海老天などは入っておらず、子どものころに風邪を引いたら、必ず母親が作ってくれたような鍋焼きうどん。
具材がシンプルなだけに、出汁の美味しさが際立つ。うどんのひとすじも、つゆの一滴も残すことなく食べ尽くした。

店に入ってから食べ終わるまで、ほかに客が入ってくることはなかった。観光名所である二条城から、人気の高い三条通へと歩く観光客の目に留まらないのか、目に入ってもスルーされてしまうのか。外観に惑わされていては美味しい店に当たらない。店は見た目が3割だと心得るべし。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2018年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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