ムービー映え

食語の心 第58回 柏井 壽

食語の心 第58回 柏井 壽

食後の心 第58回

インスタ映えの話を前回書いたが、今や食のトレンドは、静止画を超えて、動画にその主役が移りつつあると聞いて、開いた口がふさがらなくなった。

少しおさらいしておくと、インスタ映えとは、SNSの一つであるインスタグラムに投稿する写真の見栄えの良しあしをいうもので、その代表として料理写真があるという話。
おいしいものを食べる、という目的を横に置いて、人がうらやましがる写真の撮れる料理を食べる。そんないびつなグルメが横行している時代を嘆いたのだが、静止画では飽き足らず、動画映えする料理が人気を呼んでいるというのだから、末世の様相を呈してきたようだ。

ムービージェニックなどを合言葉に、動きのある料理を作り上げる。味は二の次、三の次。とにもかくにも動画で、人を驚かせ、うらやましがらせることができれば大成功。こうなってくると、もはや食とは無関係。そのうち食べられない食が出てくるかもしれない。

ムービー映えの先陣を切ったのは鍋料理なのだそうだ。
トマトベースの鍋の中に、とろけるチーズを流し入れる。煮立った鶏鍋の上から、自然薯をすりおろしながらかける。その様子を動画に収めて投稿すると大きな反響がある。

ただの画像だとどれくらいの人が見たかは分からないが、動画だと再生回数が表示されるから一目瞭然。

かくして、鍋料理から普通の料理へとブームは瞬く間に広がる。
ハンバーグステーキにナイフを入れる。中から肉汁があふれ出る。その瞬間を映像に収める。こんな児戯にも等しいことまでして、見せびらかしたいようだ。

そう。つまり今のグルメは幼児化してきているのだ。そう考えれば全てが腑に落ちる。
そしてそれは何も食の世界に限ったことではない。世の中の全てが幼稚な世界を目指しているように思えてならない。
いい年をした大人が、電車の中で立ったまま、夢中でオンラインゲームに興じている様などはその典型だろう。

現実の世界をきちんと見ることなく、仮想の世界に入りこんで喜ぶのが今の風潮なのである。
例えば京都の寺がこぞってライトアップして、多くの人気を集めているのもその一つ。
現実は闇夜に薄っすらと見える桜なのだが、そこに煌々(こうこう)と明るいライトを当て、仮想の姿を見せる。
それが高じると今度は、プロジェクションマッピングという重病に陥ってしまう。建物に映像を映して別ものに仕立て上げる。それを人々は、美しいと思い込み、歓声を上げ、ムービーにして投稿する。

そして驚くべき店が東京にあることを知ったのは、つい最近のことだ。

ムーディーを通り越して、闇鍋でも出てきそうに暗い店内。そこで供されるのは創作フレンチ。ここまでなら、いかにも東京にありそうな話だが、この店ではテーブルにプロジェクションマッピングを施し、料理と一体化させるのだそうだ。
例えば森の中の映像をテーブルに映し出し、雑木林をテーマにした料理を出す。映像も変化し、それに合わせた料理が次々出てくるという仕掛け。予約が取れない人気店なのだと聞く。

そこにあるものを、そのまま見て美しい、おいしいと思えなくなった感性がつらい。
当然のことのようにして、料理の世界も、ありのままを認めなくなっているようでいて、実はその逆もまた流行しているから、どうにも不可解だ。

以前にも書いた塩信仰がそれだ。
蕎麦につゆを付けず、塩だけで食べる。そうすると蕎麦そのものが持つ本来の味がよく分る。それをさらに進化させれば水蕎麦になる。つゆの代わりに水を付けて食べる。こうなるともう禅問答だ。ならばいっそ、蕎麦の実を生でかじればいいではないか。天邪鬼な僕などは、ついそう言いたくなる。

こんな修行僧のような食をもてはやす一方で、派手な幼児化が進む。だから食がいびつになってしまった。極端なのである。

食はこうあらねば、だとか、料理はこう作るべきだとか、大上段にかまえるつもりは毛頭ない。
天の恵みをむやみにもてあそばず、人智を駆使して長年かかって作り上げてきた料理を尊ぶ。食べるという行為では、それを要諦としたいだけなのである。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2018年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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