京都割烹バブル

食語の心 第51回 柏井 壽

食語の心 第51回 柏井 壽

食後の心 第51回

全て価格は需要と供給の関係で決まる。家を建てたい人がたくさん居れば住宅地の価格が騰がり、街が寂れれば商業地の価格は下がる。
と同じく、食の値段も需要が高ければ騰がり、需要が低ければ値上げなどとんでもない。

前回、前々回と「食の値段」を10年以上も前のものと比較してきて、他の食はさほどでもないが、京の割烹料理店の価格が、急激な高騰を続けていることに着目した。

最近の割烹料理店は、多くがウェブサイトを持っていて、そのトップページで、しばしば「価格改定のお知らせ」なる項目を見かける。

―今般、急激な食材価格の高騰、人件費の上昇により、やむなく料金を改定させていただくことになりました。食材、人材とも質を落とすことなく店を維持するための措置として、ご理解賜りますようお願いします―

とある花街の割烹店のウェブサイトにそう記してあり、1万2,000円の夕食が1万5,000円に改定されていた。

最近よく聞く話だ。
中国を始めとして、日本食ブームが広がっていて、良質の食材は輸出に流れてしまい、国内での価格が急上昇している。今のままの価格では到底やっていけない。
多くの料理人がそう口をそろえる。

しかしながら、茶懐石の名店で知られる「辻留」の花見弁当などは14年前と、全く同じ価格である。それ以外にも幾つもの和食店では、据え置きか、もしくはわずかな値上げにとどまっている。

ということは、割烹料理店が使う食材だけが高騰しているのか。
答えは否であろう。冒頭で述べた土地価格と同じく、ニーズがあるから高騰しているのは明らかだ。

今の京都は「割烹バブル」と呼びたくなるような状態が続いていて、京都の和食店の中で、割烹店のひとり勝ちは当分続くと思われる。したがって値上げをしても客は減るどころか、増える一方。稼げるときに稼ごうと値上げするのも当然の理。

では、なぜそれほど京都の割烹店は人気があるのか。それには幾つもの複合的な理由がある。

その第一は「自慢のタネ」になるからである。

まず京都という土地。ここに憧れを抱かぬ人は少ない。日本文化の中心地であり、世界中から羨望のまなざしで見つめられる京都。
今に始まったことではない。千年以上も前から、京都は多くが憧れる地だった。

その象徴とも言えるのが天下人たち。信長も、秀吉も、家康も、みんな京都を手中におさめんとして戦った。京都を我がものとすることは、すなわち国を掌中のものとしたと同じ。成功者の証しとされてきた。
その京都で最も注目を浴びているのが和食。それを食べることはSNSなどを通じて、人に自慢できるアイテムだ。

第二は、今の割烹はたやすいこと。

料亭となるとハードルが高い。立ち居振る舞い、マナーに気を配らねばならない。そして昔ながらの割烹店に「おまかせ」というコースはなく、品書きを見ながら自分で料理を選ばねばならない。これにはある程度の経験と知識が必要となる。最初に何を頼むか。〆(しめ)はどうするか。どのタイミングで、どの順番で注文すればいいか。
そこへいくと、今の「おまかせ割烹」は知識も経験も不要。ただ席に着くだけでいい。順番に出される料理の写真を撮り、おいしい! を連発すればいいのだから。

第三は、狭き門だからである。

予約が取りづらければ、取りづらいほど人気を集めるのが、今のおまかせ割烹の最大の特徴。料理がおいしかろうが、そうでなかろうが、狭き門をくぐりぬけて、店に入れただけでも自慢のタネになる。

かくして、京都のおまかせ割烹は自慢のタネの宝庫となった。人気が集中するのも当然であり、プラチナシートと化した席料の高騰も当たり前と言えば当たり前のこと。全て価格は需要と供給の関係で決まる。冒頭にそう書いたが、誤解されると困るので、付言しておくと、需要の多寡と、その質とは全く連関しない。

上質のものの需要が少なく、粗悪なものであっても需要が多いことなど、世の中には幾らでもある。
今のおまかせ割烹の全てが低質だとは言わないが、人気に質が追いついていない店は山ほどある。次回はその話をしよう。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2017年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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