発酵料理

食語の心 第20回 柏井 壽

食語の心 第20回 柏井 壽

食語の心 第20回

ここ数年のことになるのだが、毎年夏になると沖縄に行く機会が増えてきた。いや、夏に限らないかもしれない。今年は春から秋にかけて、数回を超えて沖縄を旅した。

たいていは沖縄本島の旅となるのだが、離島へ行くこともしばしばで秋も深まるころ、とは言っても現地では夏真っ盛りなのだが、小浜島へと渡った。
以前は那覇空港を経由するのがほとんどだったが、石垣空港が新しくなり、本土からの直行便が大幅に増えたのはありがたい。
石垣空港からは、タクシーで離島桟橋へ。そこから高速船で小浜島へ。随分と便利になった。

さて、その小浜島へ何をしに行ったかと言うと、発酵料理を食べに行ったのである。発酵料理。想像できるようで、予想もつかないようでもあり、大きな期待を胸に島へ渡った。

離島というのは、おおむね、独自の食文化を持っている。今でこそ、空路や航路が発達し、島と島へ、あるいは本土へと、自由に行き来できるようになったが、かつては孤島と呼ばれるほどに孤立していた。

と、当然ながら、島の中だけで暮らす人々がほとんどなわけで、したがって、食に関しても、島の中だけで調達された食材、調味料を使って料理されることになる。

あるいは、沖縄に見られるように、琉球諸島や八重山地方など、外国との距離が近く、頻繁に交流が行われていると、諸外国の食文化を取り入れたりすることも稀ではない。

よく知られているように、沖縄そばと八重山そばは、同じように見えて、味わいが異なる。それももっともな話で、二島の間にはかなりの距離がある。それぞれの島で、独自の発展を遂げて、今日のかたちになったのだろう。

話を小浜島に戻す。ここは八重山諸島の一つである。つまりは沖縄本島とは異なった食文化を持っているはず。サトウキビ畑を貫く道ゆえの命名。朝ドラのロケ地でも知られるシュガーロードだが、時代の流れは、サトウキビから名牛へ。今ではサトウキビより牛の姿が目立つようになった。

そんな島の時代背景を受けて、長い歴史を持つリゾート「はいむるぶし」が挑むのは発酵料理。高速船が着く港には、宿から迎えの車が来ている。乗り込んで、かつてのシュガーロード、今のビーフロードを横目に10分ほども走れば、はいむるぶしに着く。

澄んだ空気、青い海。ただそこに身を置くだけでも健康になれそうなのだが、そこに発酵料理が加われば、鬼に金棒。体の内外から健やかになる、という目論見。

二泊三日の行程。夕餉はダイニングルームで取る。初日の夜は〈発酵きのこ鍋〉。
まず最初に〈発酵小鉢〉が五種類出てきて、その後にキノコと野菜たっぷりの鍋が出る。お造りはあるものの、肉類は一切なし。最初は、そのあまりの潔さに戸惑うが、食べ進むうち、濃醇なとろろアーサダレで食べるせいか、意外なほどの満足感に包まれる。
これはこれで、まぁ悪くないではないか。何より健康第一。日頃ためている毒をここで、一気に流し出したいものだ。

二日目の夜の発酵食。今夜はコース仕立て。この夜の白眉は二つ。石垣牛と握り寿司。いずれも発酵という過程を経ているそうだが、熟成した旨みが傑出している。
赤身の肉は艶っぽいまでに美しく、口に入れると旨みがはじける。発酵させた寿司ネタは、見た目の熟成感とは裏腹に、活きた魚介の味わいがする。

沖縄には〈ぬちぐすい〉という言葉がある。命の薬、といったような意味で、医食同源と相通じる言葉。おいしく食べること、すなわち、命の源。まさにそれを象徴するような発酵料理。

南の果てに近いところまで訪ねて、食べる価値は十分ある。無論これと似たような料理は、日本中どこでも食べられるが、その空気と一緒に食べることに意味があり、体の内外を同時にデトックスしてこその、発酵尽くし料理だろう。

この発酵という食は、日本の食文化の根幹をなすもので、少しく大仰に言えば、発酵なくして、日本料理は存在しない。

味噌や醤油などの調味料からして、すでに発酵食であり、広い意味での発酵は、微生物を利用して、食品を製造することを言うのだから、酒、味醂、納豆、漬物、熟(な)れ寿司など、実に多くの発酵食が日本には存在している。日本料理、すなわち発酵料理と言い換えてもいいくらいなのだ。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2014年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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