おこのみとおまかせ

食語の心 第107回 柏井壽

食語の心 第107回 柏井壽

食語の心 第107回

いつまた復活するかもしれず、おそるおそるといった風ではあるが、ようやく外食産業も元の姿に戻りつつある。
全体としてみれば、それは決して悪いことではなく、むしろ好ましいことではあるのだが、京都という地においては、痛しかゆしと言える。

人気の店の予約がまた取りづらくなってきたのである。

コロナ前にはまったくと言っていいほど予約が取れず、それがコロナ禍の最中は容易に予約でき、そして今また元に戻ったというわけである。
もちろんそれはすべての飲食店ではなく、ごく一部の和食、それもカウンター割烹の店に限って、という限定的な話ではあるのだが。

それはコロナ前とまったく同じかと言えば、少しく事情が違ってきているのである。

ご承知のように、カウンター割烹の店は大きく二つに分かれ、その一つはおまかせコースのみ、もう一つはアラカルトで注文できる店である。

本コラムでも書いてきたが、ぼくはほぼ後者一本鎗(やり)だ。
割烹店のカウンター席というのは、客がわがままを言うために存在しているもので、そこに居並ぶ客が全員同じ料理を食べなければならない、という仕組みはどこか間違っていると思っているからである。
加えて最近は、前回も書いたように、一斉スタート方式を取る店も多く、ますますその手の割烹から足が遠のいている。

しかしながら、世のなかはよくできたもので、おまかせコースほどありがたいものはない、と言う客も少なくないそうだ。
いわく、何が出てくるか分からないのは、宝箱を開けるときのような楽しみがある。だとか、アラカルトだといつも同じものばかり注文してしまうが、おまかせだと意外なものが出てきたりして、嗜好の幅が広がっていい。などという意見もあるそうだ。

おまかせ派で一番多いのは、何を食べるかを考えなくていいから楽だ、という意見だと聞く。
まさに世のなかは千差万別。ひとそれぞれだとあらためて思う。

そんな世のなかの流れに気付いたのかどうかは定かでないが、二刀流の店が増えつつあるというのは、なかなかいい話だ。
アラカルトで注文してもいいし、おまかせコースにしてもいい。両方の客を受け入れようという店だ。

その代表とも言える割烹に足を運んでみた。

京都御苑の近く、細い通りに暖簾(のれん)をあげる「割烹しなとみ」がそれだ。
予約時にアラカルトか、おまかせかを伝えておくシステムのようなので、好みに応じて頼んでおく。ぼくはもちろん、おこのみ派なので、アラカルトで、と伝える。

あとは当日お店に入って、お品書きを見ながら、あれこれ注文するという流れ。
カウンター席に座り隣の客が食べているおまかせコースを横目にしながら、「あれと同じものを」と言って、それを加えることが可能だ。

おおむね料金的には、おまかせにしたほうが利口だと言われている。食材のロスが防げるから、それももっともなことだろう。ぼくがそれでもあえて、おこのみで注文するのは、そのとき食べたいものが、はっきり決まっているからだろうと思う。

たとえば初夏の一夜。鮎の塩焼きを食べたいと思って暖簾をくぐり、席に着いたときから、鮎の塩焼きを食べる態勢に入っているのだ。
そしてそこに至るまでの、露払いとしてなにがふさわしいかを、品書き片手に悩む時間が、何よりの楽しみだからだ。

たとえおまかせコースに、鮎の塩焼きが組み込まれていたとしても、その前に思いとは違う料理が出てくると、気落ちしてしまう。こんなはずじゃなかった、と。
つまりは食べる順番と、その間も大事にしたいから、おこのみを選ぶのである。

酒もしかり。最近はペアリングというシステムが盛んなようだが、これも苦手だ。
ひとは必ずしもベストマッチを好むとは限らない、というのがぼくの信条であって、食に正解は求めないのだ。

こうであらねばならぬ。食べるときにそんな常識や法則を押しつけられたくない。自由きままに食べるからこそ楽しい。常にそう思っている。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2022年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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