金融資本主義の真っただ中に飛び込み、そのうねりである「グローバル・マクロ」そのものと対峙(たいじ)し始めてから早10年以上の月日が経つ。普段行っているのは「公開情報分析」だ。毎朝4時過ぎには起床し、ネットを通じて世界の国々と向き合う。そこから一日は始まる。
同時に以前よりまして心掛けていることが一つある。「何でも見てやろう」の精神を失わないということだ。かつて“べ平連”の中心的人物であった作家・小田実まこと。
その代表作であり、この言葉そのものをタイトルにした本を学生時代に手にした時から私はいつも、頭で考えるだけではなく、とにかく「何でも見てやろう」の精神で現実に飛び込んできた。物事が動いている現場に行かなければ最終的には肌感覚で理解ができない。その一心で世界中を文字通り、駆け巡ってきた。
そうする中でたくさんの友人や先輩たちに恵まれてきた。国籍が同じ方々だけではない。私の場合、むしろ典型的な同胞たちというよりも、異なる民族の人々によって受け入れられやすいようだ。
地球の裏側に位置するアルゼンチンに行った時もそうだ。3年前、私はブラジル最大のシンクタンクに勤めるドイツ系の美人研究員女史に無理をいってお願いをし、ブエノスアイレスの人脈にたどり着いた。ファンド・マネジャーであり、同時に経済思想家としても知られている父と、その子供でバンカーである人物。背が高くて豪快な父子と私は、遠く離れたこの南米の都で出会い、赤ワインを片手にアルゼンチン牛のステーキを頬張りながら、世界の行く末について話し合った。
その時、ブリティッシュ・アクセントの英語を巧みに操る父親氏から、こう言われたのである。
「タケオ、今のアルゼンチンは社会主義・大衆迎合主義(socialist populism)だ。何から何まで国が介入してきて、経済生活はおろか、あらゆる局面で国民は圧迫されている。2015年の大統領選挙でキルチネル政権が代わらなければ本当に大変なことになるだろう」
結果、どうなったのか。―2015年に行われた大統領選挙の結果、キルチネル左派政権は瓦が解かい。代わって明らかに親米・現実主義的なマクリ政権が成立した。今年になってオバマ米大統領は、すかさずアルゼンチンを訪問し、同政権を力強く支援していくことを約束した。万事がうまくいったはず、だった。
ところが、である。この原稿を書こうとした直前に、父親の方から久方ぶりにメールをもらった。そこで彼は、こう言ってきたのである。
「タケオ、状況はもっと悪くなっているんじゃないか? アルゼンチンだけじゃない。西側諸国では例外なく、景気対策としての政府による介入が当たり前になっている。需要を創出したいというのだが、とんでもないことだ。そのために増税をし、さまざまな規制がまかり通って、結果的に独創的な企業家たちによる新しい価値の供給が妨げられている。これこそ社会主義・大衆迎合主義だ」
この父親氏いわく、景気が本当によくなるためには資本の蓄積が必要で、そのためには企業家がそのあふれ出るアイデアを実現する環境がまず、整えられるべきなのだ。ところが今の世界はといえば、右から左まで、政府が全部面倒を見ると言ってきかず、結局は身動きがとれなくなっている―。
私はこの手紙を読み進めながら、円安・株高誘導で颯さっ爽そうと登場したものの、今では袋だたきにあっている安倍晋三首相のことを思い出していた。「保守」のリーダーとされながらも、彼こそがここでいう「社会主義・大衆迎合主義」の権化なのではないか、と。
「何でも見てやろう」は、未来への道のりを指し示してくれる大事なマインド・セットだ。今や、完全にコントロールされかけている我が国のメディアでは、ついぞ聞くことができない真実は、それによって海の向こう側からやって来る。そうつくづく実感する今日この頃である。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
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