先日、我が国に暮らす華僑ファミリーの中では、トップクラスのリーダーを務められている人物と、長時間にわたるランチを神戸で楽しむ機会を得た。お忙しい方である。長くても1時間半程度だろうと踏んでいたのだが、優美な中にも楽しいその会話のペースにすっかり魅了され、時計を見たらば3時間半近くも経っていた。
その時、こんな風に言われたのである。
「日本人は海外マーケットに行くと、すぐに自分たちの基準を押し付けようとするのです。しかし、これほど先方にとって迷惑なことはない。だから日本人は嫌われるし、日本企業はグローバル・ビジネスに失敗するのです」
私は、なるほどな、と思った。なぜならば「海外への販売拡大」を狙って私の研究所の扉をたたく企業様はほぼ間違いなく、そうしたリクエストをされるからである。
「この製品やサービスには絶対自信がある。だから海外でも売れるはず。どうせ外国には似たような優れものがないわけだから、これを世界のスタンダードにしてしまいたい。聞くところによると米欧はスタンダード・ビジネスでよろしくやっているらしい。自分たちの企業もぜひ、それをまねて、大いに成功したいのだ」
だが、これこそ考え違いもいいところなのである。かつては「途上国」において日本製品( メード・イン・ジャパン)というと、それだけで売れるという幸せな時代があった。なぜならばその当時、確かに技術力が不足していた「途上国」では、日本製並みの品質の製品を作り、サービスを提供することができなかったからである。時代としては、1970年代から1980年代といったところだろうか。
しかし今は違う。「途上国」という言い方は一部を除いて聞くことがなくなり、その代わりに「エマージング・マーケット」と呼ばれるようになった。しかもこれらエマージング・マーケットにおける消費者たちは、ここにきてめきめき購買力を付けてきているのである。中国人観光客が我が国にやってきて、ブランド品を「爆買い」しているのを見れば分かることだ。そしてこの傾向は弱まることはなく、一層拡大しつつある。
そうした富めるエマージング・マーケット勢に対して、我が国のビジネスパーソンたちはといえば、これまで通りのやり方でやろうとするのだ。
「こいつらには日本製のようなレベルの技術力がない」「サービスの質から言えば日本が一番。追いつけるわけがない」
その結果、我が国国内で売れているからといって、すぐさまそれをそのまま海外マーケットへと持ち出そうとする。そこで全く売れないので、それでも取引をしてくれる「レベルの低い代理店」しか取り扱ってくれず、やがては代金回収に苦しむことになる。
「あぁ、こんなことであればグローバルなどやらなければよかった」
社長であるアナタがそう思う時にはもう遅いのである。自社製品が全く受け入れられない海外マーケットで、それでも竹槍(たけやり)で突っ込んでこいと号令をかけ続けた結果、部下たちの死屍累々(ししるいるい)がそこには広がっているからだ。無論、大量のムダ金が使われてしまっていることは言うまでもない。そんなことがこの国の至るところで繰り返されている。
「原田さん、良い物は絶対に海外から見つけられるのですよ。インターネットのご時世なのだから、ちょこっと発信してじっと待っていればよい。そうすると絶対に海外からやってきますから。それを捕まえればよいのです。日本人がやるべきグローバル・ビジネスはそういうやり方ですよ」
華僑の筆頭格である氏は、大笑いしながら、しかしひどく真剣なまなざしでそう私に教えてくれた。基準ビジネスをやりたいなら引き寄せなければ。出て行ってはならない。飛んで火に入る夏の虫だ、それでは。――そう教えてくれた、あのランチを私は今でも忘れることができない。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
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