グローバルとニッポン村 

時代を読む-第32回 原田武夫

時代を読む-第32回 原田武夫

時代を読む――原田武夫 第32回 グローバルとニッポン村

「グローバル経済がここまでひどい状況に陥ってしまった以上、そこから抜け出す道は三つしかない。『戦争』『インフレーション』そして『イノベーション』だ」

9月の頭にトルコ・アンカラで開催されたB20全体会議で、欧州を代表する経済人が演説の中で述べた言葉だ。B20は政府間会合であるG20に政策提言という形で、宿題を課すためのグローバル・ビジネス・リーダーたちによる集まりだ。我が国から出席している数少ないメンバーの一人として、私はこの言葉を現場で聴いた。正直、戦慄が走った。

2番目の「インフレ」という手段が破は 綻たんしているのは、今や誰の目にも明らかだ。米国、欧州、我が国、そして中国までもが量的緩和(QE)を史上空前の規模で行っているというのに、グローバル経済は完全な回復を遂げていない。結果として時間が経てば経つほど、恐ろしい事態が迫りつつある。「モノの値段が高騰し続けるという事態」、すなわちハイパーインフレーションだ。

そこで頼みの綱は残り二つということになってくる。我が国で経済団体が強力に後押しする中、安倍政権が「何が何でも」といった形で、安保法案を国会で通したのはそのせいである。安倍晋三総理大臣は「これで我が国の平和は守られた」などと説明しているが、何のことはない、要するにアベノミクスの「第3の矢」は、戦争に巻き込まれることによる軍需という名の巨大な需要を喚起することに他ならなかったというわけなのだ。

しかし、である。ここで安あん堵どしてはならない。なぜならば戦争、しかもかつてのような大規模な「世界大戦」を引き起こすことは今や、不可能だからだ。インターネットで誰しもがジャーナリストになり得るのであって、政府や軍の側がいくら取り繕おうとしても必ず真実は漏れ出てきてしまう。それが厭戦(えんせん)気分や、あるいはもっと積極的に平和運動を引き起こしてしまうことから、戦争をやりたい者たちから言えば、実に不都合極まりないのである。今回の安保法案で見られた国会前の大規模デモを見れば、そのことはすぐに分かる。

「そんなはずはない。米国は今回の安保法案が我が国で成立するよう、陰で糸を引いていたはずであるし、戦争経済への突入こそ彼らの戦略なのではないか」

そんな声が読者からは聞こえてきそうだ。だが私はそうは思わない。なぜならば米欧の動きを見ている限り、彼らはどうやら「イノベーション」にこそ本当の解決法を見いだしているに違いないからだ。

B20における議論はまさにその典型である。今年の議長国トルコがリードし、これを由緒正しき国際商業会議所(ICC)、それに世界有数のグローバル・コンサルティング・ファームが支援する中、「中小企業(SME)と起業(Entrepreneurship)」が、そこでの事実上のメーンテーマだ。

なぜ中小企業なのかといえば、そのレベルで人知れず無数のイノベーションが生まれ出ているからである。量的緩和でばらまいた大量のマネーをそれらで吸収し、もって一気に景気回復を図る。そのためにオンライン上で、世界規模でのクラウドファンディングの仕組みすらつくる。―これがそこで急浮上している本当の戦略なのである。

私はグローバルの現場で直面するこうした最新潮流について、霞が関のエリートたちへの説明を集中的に試みてきた。だが正直反応は「???」なのだ。彼らはグローバルの本質を理解できないままであり、いまだに旧態依然とした「国民国家」という枠組みが全てであると信じきっている。その「ニッポン村」意識たるや、すさまじいものがある。

そんな様子を見て「もう行くところまで我が国は行きついてしまうしかないのでは」とすら、私は思い始めている。堕(お)ちてこそ、浮上するからだ。「真実の時」は程なくしてやって来る。

原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
https://haradatakeo.com/

ラグジュアリーとは何か?

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