先日、英国の金融街「シティ・オブ・ロンドン」を代表する人物と電子メールで大ゲンカをした。結局はケンカ別れとなった。もう二度と会うこともないのだと思う。
私が何に腹を立てたのかというと、向こうの御仁が一切「ありがとう」と言わなかったからだ。相手は確かに爵位を持っている人物。しかし、それはエリザベス女王が授けたものであって、我が国のものではない。「何かをしてもらったり、助けてもらったならば口に出してお礼を言う」、こんな当たり前のことができないのであれば、爵位もへったくれもないのである。
御仁に代表される英国貴族のやり方はこうだ。まず、相手に「提案」をさせる。「何でも言ってきてごらん、ぜひ一緒に考えよう」などと実に言葉巧みである。こちらはうれしくなる。そこで「あれもできるし、これもできるのではないか」といろいろと提案するのだ。何せ向こうはマロウド=ガイジンである。「言葉の違いもあって大変だろう。助けてやるのが義理人情」とサービスするわけである。
ところが向こうからは、一向に謝意の表明がない。それどころか「お願いします(プリーズ)」の一言もなかったりするのだ。
「相手は爵位を持つ身。むやみやたらとお願いしたり、礼を言わないようにとの教育を受けているのだろう。こちらから言うのも大人気ない。がまんしよう」
国民性として忍耐力に長けている私たち日本人は、ついついそう考える。そしてもくもくと笑顔で尽くし続けるのだ。
そして英国からのマロウド=ガイジンが来日する。こちらは至れり尽くせりの世話をする。客人はそれなりに楽しく日程をこなし、ビジネスも進む。
ところが、である。マロウドは一切「お礼」をこちらに対して口にしないのだ。最後は、成田空港で手を振りながら、「グッドバイ」と去って行く。
さすがに堪忍袋の緒が切れた私はメールした。
「あなたは一体何者だ。こちらの人的コネクションがなければ、日本では何もできなかったはず。それなのに一言たりとも、お礼を言おうとはしない。それにあなたは日本のバンカーたちに種々売りつけようとしていたが、彼らはすぐに承諾していなかった。あなたが考えている以上に洗練され、啓蒙されているからだ」
すると、英国貴族氏からはこんな答えが返ってきた。「ミスター・ハラダ、あなたが一体何を言っているのか分からない。私は世話してくれた人には全員、日本でお礼を言った。何が不服だというのか。もうこれ以上、ビジネスを手伝ってもらわなくて結構。日本のバンカーたちが洗練され、啓蒙されているかだって? まさか、全くそんなことはない」
この返答をもらって愕然とした。あの貴族特有の微笑の向こう側に、実は潜んでいた拭うことのできない人種差別。自分は「欧州貴族である」という意味のないプライド。そして何よりも「何かをしてもらったならばお礼を言う」という、返報性の原理から始まる経済のイロハを無視しながら、対日ビジネスを行おうとする、その姿に怒りを通り越して唖然とした。
結局、彼らにとって我が国とは「野蛮の国」であり、“亜”植民地のようなものなのだ。植民地人は少しおだてれば、尻尾を振ってついてくる。そう信じ込んでいる。
だが今や「日本バブル」となった以上、そうは問屋が卸さないのである。いかに馬鹿にされようと莫大なマネーを持ち、それを一振りすれば世界を震撼させることのできる、彼らの言う蔑称「ミセス・ワタナベ」は、私たち日本人に他ならないのであるから。そしてそれが目覚めた時、世界は変わるのだ。私たち日本人にとって「お礼」は当たり前の躾である。そして、その人としての「当たり前」が通ってこなかったのが米欧主体の世界史なのだ。どうやら「ミセス・ワタナベ」の仕事は多そうだ。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
情報リテラシー教育を多方面に展開。講演・執筆活動、企業研修などで活躍。
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