最近、米国を代表する企業の方と近しくさせていただく機会があった。日本人ならば誰もが社名を知っている超有名企業だ。そして、この世界的な企業はこれまで派手な「倒産」の危機に見舞われてきたことでも知られているのだ。
「秤はかりメーカー」であったこの企業は、第二次世界大戦後にはコンピューター業界に参入。ホストコンピューターの分野で世界トップシェアを誇る企業になった。
しかし問題はその後だった。ダウンサイジングが進む業界の中で徐々に取り残された同社。ようやくPC生産が軌道に乗ってきたといった辺りで登場した「インターネット」なる代物にどうやって対処してよいのか、最初は全く分からなかったのである。文字通りの「危機」であった。
そうした危機をこの会社は「男を女にする」かのような激しい跳躍によって乗り切った。「モノづくりの企業」であることを事実上やめ、むしろ「サービス産業」の世界に生きることにしたのである。世界有数のコンサルティング会社を買収し、自ら生産したソフトウェアをクライアント企業に導入してもらっては、そのメンテナンスと次に向けた営業のために「サービス」を提供するというビジネスモデルに切り替えたのだ。
確かにそれによってこの「危機」は乗り越えることができた。だが、聞くところによると今後2015年までの間に「1株あたりの株主利益(EPS)」を約1.5倍にまで持っていくというのを経営目標としているのだという。これを聞いて「正気ではない」と思った。なぜならば金融マーケットでは、量的緩和(QE)によるインフレの演出(実際には上っ滑りの「資産バブル」)が行われているに過ぎないのであり、もはや化けの皮がはがれ、今度は強烈なデフレ・スパイラルに落ち込むことは目に見えているからだ。それなのにEPSを今後そこまでつり上げていくなどというのは、およそ正気の沙汰ではないのである。
「またこの超有名企業は絶体絶命の危機を迎えるのか」
そう思った私を、我が国を代表する経営コンサルタントの方が諫いさめてくれた。
「原田さん、米国を舐めてはいけません。彼らは必ず“次”を考えているはず。この企業も事業ポートフォリオを見ると、ソフトウェア開発の比率を順次増やしています。確実に“何か”を次に向けて仕込んでいるのですよ」
これについて同企業の関係者にお聞きすると、要するに同社は「人工知能(AI)」の開発に全力を挙げているのだという。「人工知能」といっても半端なレベルのものではない。クラウド化された膨大なデータを分析し、人間の「論理的思考」をはるかに凌駕するものを作ろうとしているのである。これでいわゆる「左脳」を人間は、必要としなくなるはずとまでいう人たちもいるくらいだ。
この話を聞いて私はふと考えた。「さて、我が国のモノづくりは一体どうすればよいのだろうか」
元々、論理的思考には弱いと言われてきたのが私たち日本人なのである。こんなAIが出てきたらば、ひとたまりもないはずだ。自動翻訳機のついたAIが上司で、生身の人間である私たちが部下である等という状況も夢ではないのかもしれない。
しかし、だからこそ残るものがあるのだ。それは「右脳」の世界であり、「ひらめき」の世界だ。そこはAIにとって不可侵の領域でもある。
また論理的な思考そのものは何のイノベーションも生まないのだ。感性によるイノベーションがあってこそ、論理的な思考は産業において役に立つ。
そうである以上、我が国企業は今こそこの「感性」「右脳」の世界をフル回転できる環境を整えるべきなのだ。
何かと社内に閉じこもりがちな日本のビジネスパーソン。しかし、だからこそ「外にもっと出るべき」とその背中を押してやること。今、日本のリーダーたちに求められているのは、そんな何気ない行いなのだ。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
情報リテラシー教育を多方面に展開。講演・執筆活動、企業研修などで活躍。
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