騒然とした米国においてバイデン新政権が成立してからこの原稿を書いている段階で1カ月以上の月日が経った。米国のみならず、グローバル社会全体がようやく落ち着きを取り戻しつつあるように見えなくもない。
しかし「本当のストーリーの展開」はこれからなのだ。ところが側聞するに、我が国のマスメディアが接触する「米国事情の専門家」のお歴々は例によって例のごとく、「大国アメリカ」論を展開し、基本的にはこれで安定化に向かう、何もかもと繰り返し述べているようだ。全くもって甘いと思うし、また意図的にそう述べているとするならば一体何のために? と思わざるを得ない。そこでバイデン政権の「本当の」行方について簡単に私の考え方を述べておきたいと思う。
話の大前提として述べておきたいのが、米国は平等な国でも何でもなく、「統治エリート」として人々を統べる役割を担う階層と、「統治される」側の階層が、生まれた時から明確に決まった、実に不平等な国であるという歴史的な事実である。
そして前者の「統治エリート」においては一見すると「民主党VS共和党」などという分裂があるようだが、実のところそれは全て演出に過ぎない。この厳然たる事実を踏まえないと全くもって真実が見えなくなる。
バイデン民主党政権についても同じだ。これからバイデン政権はありとあらゆる局面において、それに先行していたトランプ共和党政権が行ってきたことをひっくり返してまわる。その典型が外交・安全保障政策であるわけだが、とりわけ中東に対する政策を見るとそのあまりに節操のない米外交の転換ぶりに、今後私たちは時に言葉を失うほどになるというのが私の考えだ。
トランプ前政権はその最末期になぜか、アラブ諸国とイスラエルとの関係を一気に「大団円」へと持ち込んだ。それによって「中東和平は完成された」と言わんがばかりの様子なのであった。
一方、イランについてはというと、封じ込め政策を徹底し、とにもかくにも交渉には一切応じなかったのである。「イランの核問題」はこうして残され、アラブ諸国は歴史の表舞台にそろい踏みしたかのように見えた。
ところが、である。バイデン新政権はというと、その発足当初からまずサウジアラビアに対して冷たい素振りを見せたのである。具体的にはイエメンでサウジアラビアが行っている「代理戦争」に対して積極的な支援はもう行わないと表明した。
それだけではない。2018年にトルコ・イスタンブールで発生した、「反体制派ジャーナリスト」カショギ氏の殺害事件についてサウジアラビアの最高実力者・ムハンマド皇太子の関与が国際的に疑われているわけだが、これについての「米政府内部報告書」を公開するつもりであるともバイデン政権は発表したのである。
他方でアラブ首長国連邦(UAE)についてもいきなり冷たい素振りを見せ始めた。最新鋭戦闘機「F35」の供与に踏み切るとトランプ前政権が約束したものの、バイデン政権はその発足当初からこれを反故にすると公言しているのである。
「イスラエルと仲良くすれば、その同盟国である米国を動かすことができる」と信じてやまず、そのためにイスラエルとの歴史的和解に向けての先導役を果たしたUAEのリーダーシップは完全にはしごを外された。
加えて「盟友」であるはずのイスラエルに対しても、実に政権発足から1カ月が経ってから電話首脳会談をバイデン大統領はネタニヤフ首相との間で行い、事実上「イスラエル離れ」を演出した。イスラエルに対しては相当なプレッシャーになっている。
これでお分かりだろう。実のところ民主党VS共和党などという亀裂はなく、大戦略があり、その上で振り子を動かし、世界を揺さぶる。これが米国の統治リーダーシップが行っていることなのだ。その意味で「これから」を知りたければ俯瞰図を常に意識しなければならない。それがバイデン時代の米国と世界なのだ。
原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています