アナログとデジタル、そしてその向こう側 後編

時代を読む-第95回 原田武夫

Text 原田武夫

時代を読む-第95回 原田武夫

横顔

今年4月から人生三つ目の大学院に入学した。それまで人文学系の修士号を二つ、無事に取得してきたわけであるが、それに飽き足らず今年からは全く違うことをやり始めた。人工知能(AI)科学の研究だ。

そもそも「デジタルの限界」について喧伝してきた私なのでこうした話を聞いて「???」と思われる読者も大勢いることだろう。私自身も「AI研究」を日課にすることになるとは、つい先日まで全く思っていなかった。しかし、である。人生とは面白いもので昨年夏以降、いろいろと厳しい出来事があり、その中から「瓢箪から駒が出る」かのように私は「AI研究」へと誘われていった。実に不思議なものだ。

人工知能科学の面白いところは、その研究者たちが人工知能の限界を公言している点にある。他の理系分野でこれほどまでにあからさまに「無知の知」を語る分野は存在しないのではないだろうか。教授陣たちのその意味での真摯さが大変印象的であるのと同時に、だからこそ、その「限界を超えるための研究」を自分としてこれからしていくのだと大いに奮い立っている。これもまた教育効果の一つなのかもしれない。

ここで書きたいことは実にさまざまにあるものの、あえて一つに絞り込んで書いておくことにしよう。それはこうした「AIの限界」とは結局、「デジタルの限界」であり、これを解消するためには小手先の手段では足りず、根底からの転換が必要だということである。

無論、コンピューター・サイエンスそのものが、中央演算処理装置(CPU)を構成するトランジスタの極小化によってこれまで発展してきたことに由来する問題などもある。これ以上、トランジスタを小さくすると「量子効果」が生じてしまい、制御不可能になるところまでサイズの縮小化は達成できてしまっている。だから、AIの発展は難しいと述べる向きもいる。

だがそれ以上に重要なのが、「デジタル」そのものの問題なのだ。全てを1か0にするというのはブール代数を採用したことによるのだけれども、これによって自然界ではごく普通な「連続量(アナログ)」を取り扱えなくなってしまった。

当然、どんなに演算が速くなってもその結果は現実と完全には整合しないという意味で粗いものとならざるを得ない。しかしだからといって今さらアナログに戻すというわけにもいかないのである。さりとて、量子コンピューターに乗り換えたところで、今度は光子(フォトン)がどこに飛んで行ってしまうのかを現代科学では制御できず、非常に限られた範囲内でしか利用できないのが現実なのである。

そうした中で我が国において全く新しいアプローチをとる研究チームが登場し、静かな、しかし衝撃的な影響を及ぼしつつある。演算子の部分を根こそぎ転換させ、「連続量(クォンタル)」をありのままとらえるための新しい演算子を用いるというのである。

例えばここにリンゴが1個あるとする。これを二つに分ける( 割る)となると答えは半分=0.5個だというのが算数の世界で正解とされてきた。しかし残りの半分もどこかに存在しているのだ。連続量=全体量を示すというのであればこの残りの半分も表現しなければならないのだが、現在の演算子( 四則演算)ではそこが決定的に抜け落ちているのである。

「世界全体をそのまま示さないからこそ、やがてはデジタルの世界で抜けが生じ、大いなる問題が生じている」―――これがこの新しい演算子、それに基づく演算( 大和三算と命名されている)を研究しているこのチームが常々述べていることだ。そして世界中からこのチームは今、熱い視線を寄せられている。

AIの世界では駆け出しの私だが、やがて学位を取得する頃には、従来は「デジタル」の世界に存在していたAIをこうした新しい演算子にドッキングさせ、「連続量(クォンタル)」の世界へと登場させる架け橋になれればと思っている。そのためにまだまだやるべきことはたくさんある。し

かしだからこそやる意義がある。その「向こう側」の世界へと飛び出すべき瞬間が今、訪れている。


原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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