本稿を執筆しているちょうどそのタイミングでアフガニスタン情勢が一気に緊迫化している。そうした中で他の西側諸国に比べ、完全に出遅れた我が国より派遣された航空自衛隊所属輸送機は事実上、ほとんど全く避難民を国外脱出させることなく任務を終了させた。
かつて外交官であった時代、私はバルカン半島に位置する国家「アルバニア」による事実上の崩壊に際し、ドイツで大使館業務についていたことがある(1997年)。あの時、私たち日本人の同胞11名が現地に取り残され、ドイツ連邦軍が救助をしてくれた。大使公邸に逃げ込んだ彼らを上空にホバリングする連邦軍ヘリが一人ひとり救出、しかも下からは機銃掃射を受けながらの救出活動であったという。見事に救出が終わり、ドイツのケルン・ボン空港にこれら日本人避難民が送り届けられた後、謝辞を述べにいった我が方臨時代理大使に対し、ドイツ外務省の担当局長が語った言葉が今でも忘れられない。
———「ニッポンは条約こそ結んでいないが、西側の”精神的同盟国“だ。礼には及ばない」
あの時の対応に比べて、我が国は今回もまたあまりにも稚拙な対応に終始した。しかも情勢が流動化してからの「無理やりな派遣」だ。担当した自衛隊員や外務官僚たちのご苦労ははかり知れないものがあるが、要するに今回の「失敗」は、全て我が国の政治的リーダーシップの劣悪さに起因している。そのことを、私たち日本国民はあらためて思い知らされたというわけだ。
そうした中でマスメディアはというと例によって「ロシアは」「中国は」と冷戦時代以来の紋切り型の構図を述べてやまない。しかし、これも全くもって時代遅れと言わざるを得ない代物だ。
なぜならば今回、日に日に悪化するアフガニスタン情勢の中、出色なのは明らかに中国の動きだったからだ。首都カブールが陥落する直前にイスラム系武装集団「タリバン」の指導部と王毅(ワンイー)・国務委員兼外交部長は会談を行い、まずは意思疎通のチャネルを確保した。西側諸国がいずれも混乱に陥る中、明らかに中国はこの問題についてリーダーシップをとる覚悟を示したというわけだ。
翻って見るに、中東地域を例にとるともはや米国は単独で治安を守ることができないことが明らかになっている。そうした中で無視できない存在となっているのがシリアを「友邦」としてこの地域でのプレゼンスを高めているロシアだ。いわゆる「イスラム国」がかの地で撲滅されるや否や、明らかになった新しい構図である。
そうした中でこの初夏より、ロシアは米国との間で「戦略的安定対話」を始めた。表向き「軍備管理」について話し合っていることになっているが、外交の常識において「戦略的(strategic)」な話し合いを「敵(enemy)」とはしない。すなわち米国とロシアはこれまた「友邦」になっているというのが現実だというわけだ。
したがって中国を巡っても同じ構図だと考えるのが筋だろう。国務長官まで務めたケリー大統領特使をバイデン米政権が上海に派遣し、何やら米中協議を行ったという事実は記憶に新しい。確かに表向き、「ウイグル族に対する人権問題」が喧伝されてはいた。
しかしよくよく考えてみると「アフガニスタン情勢を放置していると、そこからイスラム系武装集団『タリバン』がイスラム・テロを最終的に新疆ウイグル自治区にまで輸出させる危険性があるが、中国としてそれでよろしいか」というふうに米国がこれらの極秘協議でたきつけていたとすればどうであろうか。
だからこそ、中国が重い腰を上げ、グローバル・ガバナンスの一端を担うことを決心したのではないかと考えると、実のところ極めて合点がいくのである。
米国が中国、ロシアと実は握っているという「新しい現実」。これをグローバル共同ガバナンスとでも呼んでおこう。そうした「新しい現実」に私たちの国・日本は全く追いついていない。しかし、世界史を裏で動かす金融力の主である国際金融資本を担う一族こそ、実は「コミュニズム(共産主義)」の担い手であったと程なくして露呈する時、さすがの私たち日本人も気づくのかもしれない。これこそが「歴史の皮肉(Ironie der Geschichte)」なのである、と。
原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています