信託と税金 日米の考え方の相違(承前)
まずは、前回のまとめから。米国在住アメリカ人の父親が委託者兼受託者として有価証券を信託財産とするRevocable Trust(撤回可能信託)を米国で組成。収益受益権を有する者は日本永住者である息子である。
彼は信託財産から上がる収益を毎年、日本で確定申告してきた。今般、税務署からこの信託の内容に問い合わせが来た。
私どもの事務所は本件についてのアドバイスを求められている。受益者について補足すると父親の死亡で信託契約は終了し、あらかじめ指名されている後継受託者(Successor Trustee)によって信託財産は息子に帰属することになっている。
アドバイスにあたり、まず本件信託の性格を検討した(※1)。この信託はRevocable Trustとして組成されており信託行為には「委託者は自分の存命中はいつでも好きなときに他の者の同意なしに信託を撤回して信託財産を自分のもとに戻すことができる」旨の定めがある。
信託に対する米国の税制の扱い
米国税務では、委託者が受託者に信託財産を移転し、他の者がその受益権を取得したときは委託者に贈与税が課される(※2)。
米国税務では、①贈与財産の金銭的価値以下で移転がなされ、かつ、②その移転により贈与者がその贈与財産に対する支配(Dominion and Control) を失ったとき、財産の贈与が完了し贈与税が課税されるとしている。本件においては法律上、信託財産の収益権は子供に移転しているとも言えるが、税務上は信託の実態から委託者が依然として実質的なコントロールを有していると判断し(※3)、収益受益権は存在せず、毎年の収益は子供への贈与として扱うことになる。ただし、そのことに伴う実際の納税は基礎控除の範囲内であれば生じない。
日本の信託税制の仕組み
これに対して日本の信託税制では、本件のような信託財産から得られる収益にかかわる権利(収益受益権)と信託財産自体を受け取る権利(元本受益権)を分離させた信託は複層化信託と呼ばれる。
この場合の元本受益権と収益受益権の評価は、最初に信託財産価額の評価を行い、その後、収益受益権の価額を算定し、その金額を信託受益権から控除した残額を元本受益権の評価額とするというステップを経ることになる。おのおのの評価額は相続税財産評価基本通達に従って計算される。
本件の場合
以上が日米両国の信託税制の概要であるが、この考え方を本件にあてはめる場合、初めに本件Trustが日本の信託法(以下信託法)に規定する信託と同じものであるかどうかを当該米国信託契約を対象として分析する必要がある。その結果、信託法にいう信託と類似であると結論できて初めて日本の信託税制を適用することになる。
仮にそのような分析の結果、本件Trust契約が信託法にいう信託と類似であると結論された場合、本ケースでは毎年息子が信託財産にかかわる収益を所得税申告していたが、そもそもの収益受益権を父親から贈与されているとして、収益受益権を贈与されたとされる年の翌年に贈与税の申告が必要だったことになる。
すなわち、毎年の所得税申告に加えて、信託契約締結時点での贈与税申告をすることが正しい手続きであったと言える。
元本は父親の死後に息子に移転される一種の停止条件が付されているので、この部分の贈与は父親の死亡前には起きていない。
本稿のまとめ
☑米国Trustにかかわる税務は、最初にTrustが我が国における信託法の信託と類似であるかどうかを検討する。
☑その結果が肯定されるとき初めて日本の信託税制の適用を検討することになる。
(※1)具体的には①息子が日本の信託法2条6項の受益者に該当するか、②息子は信託法92条各号の権利を有しているか、③残余財産受益者もしくは帰属権利者に相当する者は誰か(信託法182条)、④自己信託(信託法3条3号)の規定は米州法ではどうなっているのか、⑤信託の終了事由等々について検討することになる。
(※2)日本では贈与を受けた方に贈与税が課される。
(※3)米国税務ではGrantor Trustと呼ばれる。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
監査法人トーマツ、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2021年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています